『湯女の櫛 備前風呂屋怪談』
岩井志麻子/2012年/240ページ
江戸時代初期、備前岡山城下の風呂屋・和気湯に、天女のような湯女がいた。名はお藤。その美貌と諸芸は群を抜き、なぜ下世話な風呂屋にいるのかという人々の疑問はもっともなことだった。だが、お藤はけっして身の上を語ろうとはしない。元藩主のご落胤とも朝鮮王族の血をひくとも囁かれるお藤は、いったい何者なのか―。妖しき湯女は、夜ごと男の伽をしながら、寝物語に不可思議な話をはじめるのだった。
(「BOOK」データベースより)
岡山城下町の風呂屋で評判の湯女・お藤。片田舎の湯女とは思えぬほど美しく教養があり、小早川秀秋のご落胤だとか、朝鮮の王族の娘だとか、はたまた天女だとかかぐや姫だとか噂されていた。
お藤はその美貌に加え、奇妙な話、不思議な話を実に巧みに語る特技を持っていた…。大嘘つきの湯女が最後まで守り通した真実の話。大きな腫れものが見せる夢の話。年増の湯女が西洋のお姫様の人生を垣間見る話。生きているかのような木像を造る彫物師の話。黒焦げになって埋められた女の躯と幽霊の話。夜に眠れない男が過去に犯した大罪の話。小鳥のように小さな女の話。そして、小早川秀明を仇と狙う朝鮮から来た男の話…。
いずれも数十ページの短編ばかりだが満足感は高く、作者がたびたび書いている「嘘をつく人々の心理」に加え、お藤と客のやり取りを通じて「物語とはそもそも何なのか」というテーマにまで踏み込まれていたりする。お藤だけでなく風呂屋の主人夫婦、年増の先輩や若い新人の湯女たち、常連客に一見客にもスポットが当たり、彼らも怪談の話し手や当事者になったりするのも、限定されたシチュエーションに広がりを持たせてくれて良い。
話の内容は怪談というよりは奇談に近いもので、風呂屋を舞台に描かれる人間模様もグロテスクなものではなく、愛嬌が感じられる。語り口の巧さも相まって、まさに寝物語に身を委ねているかのような心地にさせられる好短編集。
★★★★(4.0)