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運命を狂わせる女との出会い。いじましく心弱き男たちの儚い夢を描く-『合意情死』

『合意情死(がふいしんぢゆう)』

岩井志麻子/2005年/202ページ

「熊」とあだ名される、いかつい容貌と体格の巡査。見かけによらず心優しく気弱な彼が、気の強い女房の目を盗んで、つかの間、抱いた夢の顛末とは―(「巡行線路」)。小学校教員、新聞記者、地方小劇団の座長、看守。偏狭な社会でちっぽけな権力をふりまわす木っ端役人、目立たないくせにどこか鬱陶しい地味女、誠実に見えて肝心なところで無神経な好青年…。思惑と欲望がうずまく小市民たちの葛藤を、滑稽と恐怖のなかに浮き彫りにした、名手による傑作短篇集。

(「BOOK」データベースより)

 

 明治時代の岡山を舞台にした短編集。解説にある通り、いずれも「謎めいた魅力を持った女のために運命を狂わされる男」の話である。岩井氏の持ち味である性愛やえげつのない展開はかなり控えめで、そもそもホラーとはまた異なるジャンルの小説ではあるが一編一編は実に味わい深い。

 「華美粉飾(はでつくり)」-岡山新報の新人記者・秀三は、遊郭で起きた女郎と六高(旧制第六高等学校)生の心中未遂事件を取材。六高生の姉・千代と出会い、その美しさに魅了されなんとか千代の気を引きたいを考える。小説家志望の秀三は事件を脚色し、「醜い年増の女郎がうぶな学生を騙しで心中未遂を起こす。学生とその姉は力を合わせてけなげに生きていくことを誓った」という記事を書くが、その記事が秀三と千代の運命を大きく変えてしまう。

 「合意情死(がふいしんぢゆう)」ー尋常小学校の教師・久吉は友人らとの飲み会で可憐な女高生・いせ子と出会う。画家の安藤がいせ子をモデルとして仕事場へ連れ込み、情事を重ねていることを知った久吉は嫉妬にかられ安藤の妻に密告するが…。

 「自動幻画(シネマトグラフ)」-小劇団の座長・五十嵐は、我儘な看板女優・フジ子に手を焼きつつも彼女と縁を切れずにいた。次の芝居では地味ながら実力のある清枝を主演女優に据えることにしたが、当然ながらフジ子は情緒不安定になってしまう。フジ子を内心では切り捨て、清枝と深い仲になる五十嵐だったが、主演を務めた芝居が映画関係者の目に留まり、清枝は劇団を辞め上京。自分が見捨てられた形になった五十嵐の心中は。

 「巡行線路(みまはり)」-いかつい容貌と臆病な内心を併せ持つ、恐妻家の青木巡査。町の近辺で連続強盗が起きていることもあり、地道な戸籍調査を続けていたところ、最近下駄屋の二階に越してきたというトミ子と出会う。今まで見たことがない類の妖しい美と艶を持つ彼女に心引かれた青木巡査は、その後もたびたびトミ子のもとへ巡行するようになったが、夫が女のもとへ入り浸っていると知った青木巡査の妻は激昂する。一方、連続強盗の犯人を追う警察は、最近越してきた三味線弾きの若い男を怪しんでいた…。

 「有情答語(いろよきへんじ)」-信心深い孤児院の職員・良雄は、「子供達よりも救いを求めている人々の役に立ちたい」と、新たに監獄の看守として働くことになった。だが女囚監獄に配置された彼は思い描いていたものとは程遠い現実に打ちひしがれる。そんな彼の目の前に、美貌を持つが筋金入りの大嘘つきであり、窃盗を繰り返しては監獄に入れられているというナツ江が現れる。彼女も本当は素直な性分で、勉強をさせれば優秀に違いないと信じる良雄は、ナツ江を導くことこそが自分の仕事だと考える…。救いともその逆とも取れるなんとも言い難い幕切れを迎える、本書の中でもひときわ印象深い1作。

★★★☆(3.5)

 

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