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陰で暗躍する獣と、陰でしか生きられないけだもの。これぞ乱歩中の乱歩!-『陰獣 江戸川ベストセレクション④』

『陰獣 江戸川ベストセレクション④』

江戸川乱歩/2008年/204ページ

探偵作家の寒川に、資産家夫人、静子が助けを求めてきた。捨てた男から脅迫状が届いたというが、差出人は人気探偵作家の大江春泥。静子の美しさと春泥への興味で、寒川は出来るだけの助力を約束するが、春泥の行方はつかめない。そんなある日、静子の夫の変死体が発見された。表題作のほか、愛する女に異常な執着を示す男の物語、「蟲」を収録。男女の情念を描いたベストセレクション第4弾。

(「BOOK」データベースより)

 

 表題作「陰獣」は、乱歩を思わせる推理小説家・寒川が、これまた乱歩を思わせる推理小説家・大江春泥と推理バトルを繰り広げる話。「屋根裏の遊戯」だの「B坂の殺人」だのといった乱歩っぽいタイトルの作品にも言及されるし、そのトリックも結末も実に乱歩的。スーパー乱歩大戦である。解決した話をわざわざスッキリしない結末に持っていくラストの1章は賛否両論らしいが、この煮え切らなさも含めて乱歩100%の快作である。

 続く「蟲」は、これまた作中で“陰獣”と呼ばれる男・征木が主人公。幼少の頃から厭人的で、成人してからも引きこもって親の遺産で暮らしているという、陰獣というよりは単なる陰キャである。そんな彼の冴えない少年時代、美しく成人した同級生・木下芙蓉との再会、そして彼女の殺害を計画するに至るまでの流れが読んでいて非常にスリリング。事細かに記される征木の心情は、乱歩作品のさまざまな登場人物の中でも一際リアルというか身につまされる内容。征木を芙蓉に紹介してくれた旧友は、芙蓉と愛人関係にあった。2人が逢引する旅館でわざわざ隣の部屋に泊まり、自分の悪口を聞きつつ覗きに精を出す浅ましさとキモさには涙を禁じ得ない。「許してください。許してください。ぼくはあなたがかわいいのだ。生かしておけないほどかわいいのだ」。芙蓉を絞殺した征木は彼女の亡骸を自分の部屋へ運び込むのだが、ここから先の破滅的な結末までの流れも素晴らしい。高揚し冷静さを失い、取る行動がすべて裏目に出、ひとり相撲でどんどん追い込まれていく様は“陰の獣”以外の何物でもない。腐りゆく死体を前にもがき、蠢く姿は“蟲”と変わりないと言えるかもしれぬ。そして、その最期も…。

 2編とも濃厚な乱歩汁を堪能できる、乱歩オブ乱歩な傑作。倉阪鬼一郎の解説も「乱歩の分裂」に言及した興味深い内容だ。

★★★★★(5.0)

 

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