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明らかに人が殺されている親戚の家で暮らす、シュールで悪夢な夏休み-『紗央里ちゃんの家』

『紗央里ちゃんの家』

矢部嵩/2008年/176ページ

叔母からの突然の電話で、祖母が風邪をこじらせて死んだと聞かされた。小学5年生の僕と父親を家に招き入れた叔母の腕は真っ赤に染まり、祖母のことも、急にいなくなったという従姉の紗央里ちゃんのことも、叔母夫婦には何を聞いてもはぐらかされるばかり。洗面所の床からひからびた指の欠片を見つけた僕はこっそり捜索を始めたが…。新鋭が描いた恐ろしき「家族」の姿。第13回日本ホラー小説大賞長編賞受賞作、待望の文庫化。

(「BOOK」データベースより)

 

 怪傑作である。祖母の死後、初めて親戚の家を訪れる「僕」と父親。叔母さんはなぜか血まみれ、叔父はにこやか、祖父はボケ気味、食事はカップやきそばばかり。姿を見せない従妹の紗央里ちゃんは家出したと聞かされるが、誰も心配している様子がない。家の中を探索する「僕」は次々とバラバラになった人体をあちこちで見つける。切り取られた指に舌、バラバラの歯。そして脚や腸までも…。

 明らかに人が殺されているっぽい親戚の家で、特に逃げ出そうともしない主人公の「僕」。最初は叔母さんたちのサイコな言動に戸惑う読者も、読み進めていくうちに叔母さんだけではなく、この世界の人物全員がおかしいことを知り呆然とさせられる。「僕」が警察に電話してもまともに取り合ってもらえないどころか、“殺人自販機の群れ”なるものと激しい銃撃戦を繰り広げている始末。
 そういう世界なので「誰が誰にどう殺されたのか」だの、「紗央里ちゃんはどこへ消えたのか」だのといったミステリ的な謎解きはどうでもいいのである。本作で描かれる恐怖の正体は、ラストシーンの父親の慟哭にすべて現れている。家族へ、親戚への、ひいては自分自身への深い絶望に他ならない。

 ちなみに本作の文庫版の表紙、初期の福満しげゆきバージョンが持つジメリとした陰キャ臭は本作のイメージそのものであり、リニューアル後のものよりマッチしているように思える。

★★★★(4.0)

 

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