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凪の如き静かなホラー短編集。地味ながら予測不能の不穏さが印象的-『アイズ』

『アイズ』

鈴木光司/2015年/299ページ

世の中にはまだ科学では説明できない現象が存在する―旧友との再会で呼び覚まされる、過去の悪夢(「鍵穴」)。ホテルの窓辺にあられもない姿でくくられた美女(「クライ・アイズ」)。マンションの表札に残される不気味な落書き(「しるし」)。ゴルフ場に横たわる、何かに背中を刺し貫かれた死体(「杭打ち」)。川べりのアパートで起こる数数の怪奇現象(「櫓」)など、日常と非日常の狭間に潜む恐怖を描く、著者真骨頂の傑作ホラー短編集。

(「BOOK」データベースより)

 

 この作者のホラー短編は静かな筆致で書かれているものが多いが、本書の収録作もその例に漏れない。その静けさは凪の如くだが、ぬめりとした「何らか」の存在が水面下に感じられる。地味と言えば地味であるが、どのような結末に転がっていくのか予測できない不穏さは全編に満ちており、それが顕著な「杭打ち」はお気に入りの一編。

 「鍵穴」-成功した旧友の新居マンションを訪れる主人公。飲み明かすうち、2人はいつしか若くして死んだもう1人の友人のことを脳裏に思い浮かべる…。青春の暗部が掘り起こされるタイプの怪談だが、不思議と怖くはない。
 「クライ・アイズ」-ホテルの一室の窓から、あられもない姿をのぞかせる女。向かいのマンションからその場面を見た男は、いなくなった愛人がそこにいるに違いないとホテルへ向かうのだが…。皮肉の効いたミステリ。
 「夜光虫」-知人のヨットに乗って優雅なクルージングを楽しむ主人公。だが、部屋で寝ていたはずの幼い娘の姿がどこにも見えない。船上はたちまちパニックになり…。
 「しるし」-とある平凡な一家の、表札脇に書かれた「F」という赤い文字。窃盗団や詐欺集団のマーキングだろうか? 消しても消してもマーキングは続き、Fの次は「A」、その次は「T」という書き込みが。この文字列が示す意味はいったい?
 「檜」-刹那的に生きる中年男。彼には過去の記憶がところどころ抜けていたが、ある日、付き合いで見た映画の1シーンをきっかけに幼い日々がフラッシュバックする。恋人を連れて映画が撮影された場所へ向かう男。巨大な檜がそびえ立つ廃村で、子供のころの懐かしい思い出が次々と甦る。そして脳裏に浮かびあがる、最後の記憶の内容とは。
 「杭打ち」-背中から槍で貫かれ、地面に串刺しになった男の死体がゴルフ場で発見された。しかしその死は自殺と判断され、一切ニュースとして取り上げられなかった。第一発見者である主人公は不審なものを感じ、死んだ男を独自に調査するのだが…。
 「タクシー」-結婚からわずか1週間後、夫を交通事故で失った主人公。彼女は自分が最後にかけた電話が事故の原因ではないかと思い悩んでいた。いわゆるタクシー怪談で、運転手視点では怪奇現象でしかないのだが、主人公の立場からすればそれは大きな救いになりうる、というちょっといい話。
 「櫓」-時は戦国。孤立した櫓の上でただ死を待つばかりの弓兵がいた。時は流れ1947年、城の痕跡が残る山中で、人生に絶望した女が首をくくった。さらに時は流れ現代、とある町営アパートの住民は奇怪な物音に悩まされていた。誰かが走り抜ける音、壁を叩く音、どこからともなく飛んでくる矢。かつての戦乱が再現されているのか?
 「見えない糸――あとがきにかえて」-作者が考える‟恐怖”についてのエッセイ。『仄暗い水の底から』のアイデアに繋がったという体験も読み応えあり。

 

 本編収録作のうち、「しるし」は乃木坂46の伊藤万理華主演で映画『アイズ』として公開されている。また、BSフジ開局15周年記念として「鍵穴」「クライ・アイズ」「夜光虫」「檜」「杭打ち」の6編のドラマ化作品「リアルホラー」が放映された。「櫓」はまあ、映像化にいちばん予算かかりそうだから…。

★★★☆(3.5)

 

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