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唯一無二の首吊りアンソロジーにして完全無欠の決定版!-『吊された男 異形アンソロジー タロット・ボックスⅢ』

『吊された男 異形アンソロジー タロット・ボックスⅢ』

井上雅彦(編)/2001年/392ページ

ホラー・アンソロジーの魔王がタロットの図案をもとに編み上げるシリーズ、第3弾。今回のカードはアルカナ・ナンバーⅫ、≪吊された男≫。めまいがするほどの勢いで、次から次へ吊され、縛られ、くくられていく、首、首、首。あるものはほとばしる怨念とともにじわじわと、あるものは恍惚の笑みをうかべつつやすらかに……。良識や正義感までも、逆さ吊りに考察する史上例をみない「首吊り専門アンソロジー」、ついに悪夢の降臨!

(裏表紙解説文より)

 

 タロットの中でもユニークな1枚「ハングドマン」をモチーフに「首吊り」ホラーを集めたアンソロジー。収録作品はもちろん掲載順も含めて完璧な仕上がりで、井上雅彦の本領発揮といった感がある。残念ながら「タロット・ボックス」シリーズはこれで打ち止めとなるが、力(ストレングス)≒超能力の構想なども書かれていただけに、できることなら大アルカナ全部刊行してほしかった気もする(「女教皇」や「節制」で1冊作るのは難しそうだが)。

 

 巻頭を飾るビアス「アウル・クリーク鉄橋での出来事」は、首吊りならコレは外せない鉄板のセレクト。南北戦争のさなか、北軍兵士によって絞首刑に科せられようとしていたベイトンは、縄が切れたおかげで河に落下。命からがら脱出することに成功するが…。オチ自体は今となっては珍しくないものだが、短い中に張り巡らされた伏線の巧みさに唸らされる。式貴士「首吊り三味線」は、嬉々として首吊りウンチクを語る妙な男の独白に付き合わされているうち、あまりにも凄惨な事実が明らかになっていくという異色エログロ作家の面目躍如といった感のある傑作。この巻頭2作だけで首吊りアンソロジーとしては大成功と言いたいほど。

 岡本綺堂「百物語」は、百話目を語り終えた後に起きた怪異を巡るオーソドックスな話。都築道夫「首つり御門」は、著者本人が作中人物として登場し、知人らと怪談を語り合う『深夜倶楽部』の一編。「縊鬼」をはじめさまざまな首つり怪談が登場するとともに、その構造についても語り合うという批評パートも面白い。エーヴェルス「蜘蛛」はいわば西洋の縊鬼の話だが、蜘蛛の生態も外見もぴったりハマっていて素晴らしい。クラリモンドという怪異、もっと概念として広まってほしいほど。伊藤潤二「首つり気球」は、これまた説明不要の傑作コミック。巨大な顔だけの気球が、同じ顔をした人の首を吊ろうと襲い掛かって来る…という不条理極まりないシチュエーションを圧倒的ビジュアルで描く。伊藤潤二作品の中でも1、2を争う出来。

 寺山修司「首吊り病」は、さまざまな病気についての連作『新・病草紙』の一編。ひかわ玲子「ビー玉の夢」は少年視点のノスタルジックホラーで、謎の少女と首吊り男の‟なんとなくわかるけどはっきりしない関係性”がまた遠い夢のような記憶を彷彿とさせる。内田百閒「梟林記」は、近所の家で起きた殺人事件の顛末をエッセイ風に記すちょっと風変りな短編。戸川昌子「蜘蛛の糸」は、売れっ子作曲家とその愛人の男性アイドル、作曲家に心酔する住み込みメイドの爛れた三角関係の末路を描くミステリ。張り巡らされた蜘蛛の糸が彼らの関係性のメタファーとして効いている。

 かんべむさし「絞首刑」は、ろくろ首を絞首刑にするためお役所が悪戦苦闘するコメディ。際限なくエスカレートしていく絞首台にバカSFの片鱗が見える。横溝正史「首吊り三代記」は、いずれ自分は首を吊って死ぬのではないかとおびえる男を見舞う皮肉な運命を描くショートショート。ラストを飾るサーリング「魔法の砂」は『ミステリー・ゾーン』の1エピソード。貧困と悪徳で人々の心も荒れ果てた西武の町では、絞首刑も娯楽の一つに過ぎなかった。少女を事故で死なせ、今まさに首を吊られようとしている息子を救うため、老父は詐欺商人から買った「人々の心に愛をもたらす魔法の砂」を町にばらまく…。ある意味で悪趣味なこのテーマを締める一編として、本作以上のものはあるまい。つくづく完璧なアンソロジーであった。

★★★★★(5.0)

 

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