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恐ろしき妖術師に物悲しき奇術師、読者を惑わす作家という魔術師たちの饗宴-『魔術師 異形アンソロジー タロット・ボックスⅡ』

『魔術師 異形アンソロジー タロット・ボックスⅡ』

井上雅彦(編)/2001年/419ページ

たった今、貴方は絵札を引き当てた。これは〈魔術師〉の絵札……。と、そう言って、「博士」は、長い指で、一枚を宙に翳す。アルカナ・ナンバー「Ⅰ」、これがすべての魔術の始まり……。(序章より)
命すら賭して呪いをかける呪術師、巧妙なカラクリをめぐらす奇術の芸人、舞台裏から漏れる魔術師の悲哀、魔術にとらわれた人間の恐怖。魔術師を描いているのか、はたまた物語る作者が魔術師なのか……。召還されるのは、精霊なのか、恐怖なのか。気鋭のホラー・アンソロジスト、井上雅彦が贈る〈魔術師〉の物語。

(裏表紙解説文より)

 

 芥川龍之介「魔術」は、友人のインド人・ミスラ君に魔術を教わった語り手が魔術を悪用してトランプ勝負に挑もうとするという寓話じみた一編。朝松健「超自然におけるラヴクラフト」は、松井克宏名義で発表されたノンフィクション仕立てのフェイク記事。ラヴクラフト作品の一部が「事実」に即していた…というもので、ここでの‟魔術師”は読者を幻惑にかける作者自身である。ホワイトヘッド「わな」は鏡に異次元空間への入口を作り出し、犠牲者を待ち受ける邪悪な魔術師の話。作中の異次元世界の描写が妙に迫真的であり、リアリティを感じられる。土岐到「奇術師」は、落ち目の老マジシャンが最後に見せた驚異の人体切断マジックの真相を描く。なんとなくオチは読めるものの、舞台に立つ者のうら悲しさと狂気にも近い覚悟に心震わされる名編である。

 山田風太郎「忍者 明智十兵衛」は、腕はおろか首を斬られても復活する稀代の忍法‟人蟹”を極めた忍者の話。恋焦がれた女のため、自分の首を斬って美男子として生まれ変わろうとする十兵衛だが…。これはもう「やられた」としか言いようがない、まさに魔術的な一編。梶尾真治「さみしい奇術師」は、無から有を作り出す本物の超能力者でありながら、極度の悲観主義者でもある奇術師の、文字通りさみしく物悲しいある夜の舞台を描く。中井英夫「幻戯」もまた老奇術師の話。妻を交通事故で失った魔術師は酒浸りの日々を過ごすが、時おり妻の声を聞くようになる。「25年間、会うことが出来なくなる」というメッセージを聞いてから25年は瞬く間に過ぎ、老魔術師の目の前に妻の面影を遺す少女が現れる…。それにしても、魔術というペテンの鮮やかさときたら! 江坂遊「花火」はもはや説明不要レベルの傑作ショートショートである。

 ボーモント「魔術師」は、魔術師としてのタブーを冒してしまった男の哀愁の一夜。吉行淳之介「手品師」は、手品好きの青年(童貞)と知り合った小説家が垣間見る青春の暗黒部の話。この2編、超自然的要素は皆無だがつくづく味わい深い。それにしても本書の収録作は魔術師の悲哀を描いたものが多い。魔術師はイコール寂しい存在なのかもしれない。

 小松左京「劇場」。総人口8億の地球型惑星・デラ。デラには娯楽らしい娯楽がなく、テレビや新聞に当たるものすらほとんどなかったが、劇場文化は異様なほどに発達していた。大掛かりでスペクタクルに溢れ、心揺り動かすドラマチックな演劇は、現地の言葉をあまり知らない地球人ですら一度見れば虜になるほどの素晴らしさだった。だが、普段おとなしいデラ人がこうまで劇場に入れ込むのには深淵なる理由があった。谷崎潤一郎「ハッサン・カンの妖術」。芥川の「魔術」に登場したインド人、ミスラ君と彼に魔術を授けた妖術師の物語。いわばスピンオフの原作である。ハッサン・カンの強大なる妖術はミスラを、そして語り手である谷崎本人をも飲み込む恐ろしきものだった。ハーン「ひまわり」はいつもの怪談とは雰囲気が異なり、ウェールズの地を舞台に少年の日の思い出をつづるエピローグ的な小品。

 

 書き手の巧みな魔術的構成にも唸らせられたアンソロジーであった。個人的には「忍者 明智十兵衛」が飛びぬけていたが、「奇術師」「魔術師」も好みだった。

★★★☆(3.5)

 

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