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この絶望的な宿命を「せつなさ炸裂!」で済ませてよいものだろうか-『記憶屋0』

『記憶屋0(ゼロ)』

織守きょうや/2019年/240ページ

つらい記憶を消してくれる都市伝説の怪人「記憶屋」。それに頼ることを選んだ彼らはどんな想いを胸に抱えていたのか―。弁護士の高原は、過去の交通事故の記憶に苦しむ依頼人・美月と出会う。支え合って生きてきた恋人との未来のために、美月は真剣に記憶屋を探していた。その実在に半信半疑でいた高原だったが、自身も病院である宣告を受けてしまい…。泣けるほど切ない「記憶」をめぐる物語、待望のスピンオフ作品集!

(「BOOK」データベースより)

 

 映画公開にあわせて発売されたスピンオフ。『Ⅱ』『Ⅲ』との関連は薄く、1巻目の『記憶屋』に登場したきれいなゾルダこと高原弁護士、初代‟記憶屋”、そして真希と遼一のエピソードを収録している。

 「フォー・ザ・フューチャー」-過去の交通事故のトラウマに悩む依頼人・入江美月から‟記憶屋”のことを尋ねられた弁護士の高原。彼は以前、似たような境遇の依頼者から記憶屋について聞かれたことがあったが、その依頼者はその後、トラウマになる記憶が完全に消えて日常生活に戻っていた。美月に必要なのは都市伝説の怪人ではなく、身近な人の支えではないか。そう考えた高原は美月の内縁の夫・片山と話をするのだが、片山から語られた「交通事故」の真実は意外なものだった…。

 「ライ・フォー・マイ・レディ」-上品で美しいおばの紗奈枝は、亜紗子にとって憧れの女性だった。海の向こうへ行ったきり帰ってこないという夫・洋祐との思い出を語る紗奈枝に対し、周囲はおそらく洋祐はもう戻ってこないであろうことに触れられずにいた。だが紗奈枝に恋する男・鈴岡が探偵に洋祐のことを調べさせた結果、残酷な事実が発覚する。真実を知った紗奈枝の憔悴ぶりを案じた亜紗子は、噂に語られる‟記憶屋”とコンタクトを取ろうとする。

 「in the cabin5 5:27 PM」「in the cabin5 5:22 PM」-遊園地の観覧車に乗る遼一と真希。わずか5分間のうちに起きた‟決定的”な出来事とは…。巻頭にプロローグ的な短編「in the cabin5 5:27 PM」を置き、本シリーズのラストを飾る「in the cabin5 5:22 PM」で5分間のあいだに失われた記憶を語るという仕組み。このふたりの今後は本当ならいちばん尺を割いてもいいはずなのだが、構成を一捻りすることで「記憶屋ならでは」の印象深いエピソードに仕上げられている。

 この「やりきれない衝動」の描き方ときたら。1巻目『記憶屋』のラストの繰り返しにも近く、単なる‟せつなさ”とは別種の深い絶望をも感じる。すごい話である。

★★★☆(3.5)

 

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