『美食亭グストーの特別料理』
木犀あこ/2019年/288ページ
グルメ界隈で噂の店、歌舞伎町にある「美食亭グストー」を訪れた大学生の一条刀馬は、悪魔のような料理長・荒神羊一にはめられて地下の特別室「怪食亭グストー」で下働きをすることになる。真珠を作る牡蛎に、昭和の美食家が書き遺した幻の熟成肉、思い出の味通りのすっぽんのスープと、店に来る客のオーダーは一風変わったものばかり。彼らの注文と、その裏に隠された秘密に向き合ううちに、刀馬は荒神の過去に迫る―。
(「BOOK」データベースより)
歌舞伎町の人気店“美食亭グストー”。その地下には「異様な食卓で異様な体験をもたらす」特別室、“怪食亭グストー”があった。グルメブロガーの大学生・一条刀馬は法外な代金を返済するため、怪食亭グストーの料理長・荒神羊一のもとで働くことになるのだが…。
美味いものを喰いたい、腹いっぱい食べたい…。人間の根本的な欲望を満たす「グルメ」という題材がホラーと相性がいいのはご存知の通りだが、本作には悪魔も邪神も殺し屋も怪物もカニバリストも出てこない。天才的な腕前と悪魔的な性格を持つ本作の料理人・荒神は普通の人間ではあるのだが、彼のプロデュースする食卓はまさに異常の一言。娘の婚約者に高圧的な態度を取る父親。幻の熟成肉「天牛の腐肉」を追い求めるスランプ中のグルメ作家。あえて「究極のまずいもの」を探すスれた美食家たちの集まり・まずいもの倶楽部。子供の頃に食べたすっぽんのスープを再現してほしいと頼む料理学校生。こうした一癖ありすぎる客たちに提供される料理は実に美味そうではあるのだが、同時にメシがまずくなりかねないトラウマ級のシチュエーションもついてくるのだ。この小説こそがまさに怪食亭グストー、読者にも忘れがたいグルメ体験を遺してくれる。いわゆるゲテモノ料理をいっさい扱わず、あくまでもシチュエーションの異様さで恐怖を演出するというのはこの手の作品では意外と珍しいのではないか。本作は厳密にはホラーとは言い難いミステリ寄りの作品ではあるが、「グルメホラー=エゲつない食材」という強烈ではあるものの使い古された題材から脱却した傑作だと思う。それにしても荒神、デレるのが早い。『ダイナー』のボンベロの20倍くらいのデレ速である。
★★★★(4.0)