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ひたすら奇怪で淫猥、非常に人を選ぶホラー小説大賞受賞作-『余は如何にして服部ヒロシとなりしか』

『余は如何にして服部ヒロシとなりしか』

あせごのまん/2005年/196ページ

クリクリとよく動く尻に目を射られ、そっと後をつけた女は、同級生服部ヒロシの姉、サトさんだった。ヒロシなら、すぐ帰ってくるよ―。風呂に入っていけと勧められた鍵和田の見たものは、緑色の張りぼての風呂桶。そこに裸のサトさんが入ってきて…。ゆっくりと自分が失われていく恐怖を描く、第12回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作。

(「BOOK」データベースより)

 

 「余は如何にして服部ヒロシとなりしか」-彼女に振られ仕事も辞め、ぶらぶら過ごす男・鍵和田は、助平心のままに街で見かけた女性の後をつける。その女性は中学時代の同級生・服部ヒロシの姉であるサトさんだった。やがて到着した服部家は、庭の木には人糞が吊るされ、畳にはガラス片が撒かれ、食事として子供の吐いたゲロと人魚の干物が出されるというなんだかすごい場所。風呂に入って行けと勧められる鍵和田だが、浴槽は彼と服部が文化祭の時に作った緑色の桶が。隙間だらけの適当に作られた桶にお湯が溜まるわけもないが、サトさんは「湯加減はどう?」と聞いてくるのだった…。ひたすらシュールで淫猥なイメージが連なる怪作。未来の無い男である鍵和田が、永遠の未来を生きる人魚に誑かされて過去を失っていく…と書けばまっとうな妖怪譚のようだが、作品全体を覆う不条理のモヤが忘れがたい印象を残す。

 「浅水瀬(せんすいせ)」-バイクで山道を疾走中、事故に遭った男。どこかの谷底で目を覚まし、近くにいた男と共に助けを待つ。ひとり、またひとりと別の人間がやってきてはバイクや山についての怪談を語る。だが肝心の救助はいっこうに来る気配が無く…。早い段階でオチは予想がつくものの、角川ホラー文庫全体を見回しても稀少な「バイク怪談」であることに注目したい。冒頭のバイク描写は解像度が高すぎてぶっちゃけノイズになっているほどだ。

 「克美さんがいる」-ようやく、あの女が死んでくれた――。これで介護する必要もない。親子3人で新しい生活を始められると思ったものの、マザコン気味の慎次は頼りにならないし、中学生の桃子も反抗的だ。残されているはずの預金通帳や生命保険の証書を探していると、青い表紙のノートが見つかった。中を読んでみると「克美さん、あんたなら他人の手帳を盗み読みするような真似もやりかねないね」という文章に始まり、恨みつらみと嫌がらせが延々と…。嫁姑の諍いに端を発する家庭内不和を丹念過ぎるほど丹念に描き、たいへん厭な気分になれる短編。どちらか一方が死のうとも終わらないネチネチとした確執にはうんざりさせられること間違いなし。しかもこんな結末とは…。

 「あせごのまん」-土佐に伝わる民話「阿瀬郷の万」を、土佐訛りの語りで再現した一編。炭焼きの夫婦がお地蔵さんに子供を願うと、玉の様な男の子が生まれてきた。‟まん”と名付けられた子はすくすく育ったが、ある日山の中に入っていったっきり帰ってこなかった。数年後、炭焼き小屋の煙を“かっぷかっぷ”と吸う毛むくじゃらの大男が現れる。その化物こそ、姿を消したまんだったのだ…。土佐弁の語り口が印象的で、作者の幅広い教養には驚くものの、なぜこのバケモンをペンネームの由来にしたのかは正直ちょっとよくわからない。とは言え、考えてみれば本書に収録された作品のうち「克美さんがいる」以外はすべて妖怪・怪異の話であるし、この辺りが作者のルーツなのは間違いがなさそうだ。

 

 日本ホラー小説大賞の短編賞である表題作は、相当に読み手を選ぶとは思うものの受賞するに値する作品だと思う。その他の作品も怪談にミステリ、土着民話と手広く、作者の「こんなんも書けますよ」的ショーケースとなっているが、表題作のようなインパクトとシュールな世界を求めるとちょっと肩透かしかもしれない。

★★★(3.0)

 

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