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美しき少年殺人鬼が、己の人生に向き合うまでを描くSM官能小説-『名前のない殺人鬼』

『名前のない殺人鬼』

大石圭/2022年/288ページ



僕は周りの人たちにシュンと呼ばれている。
でも、この国の戸籍にそんな名前の人物はいない。
だから人を殺しても構わない。
僕は名前のない殺人鬼なのだ――。

弁護士の李子からの依頼に従い、嗜虐的な趣味をもつ男に女装して近づき次々と殺害していく、戸籍を持たない少年・シュン。
ある日、彼らの平穏な日々を揺るがす驚愕の相談者が現われる!

若く美しい連続殺人鬼の自らの人生との対峙を端正な筆致で描き上げる、著者渾身の長編小説。

(Amazon解説文より)

 

 親に捨てられた少年・シュン。弁護士の妙子と、その娘で同じく女性専門の弁護士である李子に引き取られたシュンは、戸籍を持たないままプレハブ小屋で暮らしていた。
 李子の元へは、家庭内暴力の被害者である女性からの相談が絶えなかった。このままでは夫に殺されてしまうという訴えを聞き、李子はシュンに暴力夫の殺害を命ずる。かつらを付け、化粧をし、パンプスを履き、ワンピースを着て女装したシュンは戸籍も名前もない、存在しない殺人鬼としてターゲットを始末する…。
 殺人を繰り返しては、実家の庭に死体を埋めていくシュンと李子。末期癌だった妙子はシュンと李子の秘密を知りつつも、彼らを非難することなく息を引き取った。警察は李子に相談した女性の夫が行方不明になっていることに気付き始め、シュンは激昂したDV男にアナルを掘られ心身ともに傷ついていく。そんな中、李子のもとを訪れた新たな夫殺しの依頼者。それは、シュンを捨てた実の母親だった。

 「いつもの大石圭」としか言いようがない一作。主人公のシュンはペットのネコと共に世俗から離れた一人暮らしをしており、美しく若く才能に溢れている。趣味はピアノの演奏で、日々の食事も「牡蠣のベニエにトマトと青紫蘇のグリーンオリーブオイルのスパゲティ、ブルゴーニュのワイン」という優雅なもの。優雅すぎて変な笑いが出てくるほどだ。
 李子はシュンの保護役ではあるが、少々歪んだ関係性である。男嫌いの李子は平時からシュンに女装をさせており、殺人が成功したあとはご褒美のセックス三昧。「夫に虐待された妻の気持ちを理解するため」と称して裸体をロープで縛るようシュンに命じたりする。ちなみにこの小説に出てくる男はシュンも含め、全員もれなくイマラチオと四つん這いセックスを相手に強要するので性癖が偏り過ぎている。と言うか全体的に官能描写が多く、ホラー要素はかなり薄い。夫婦間の愛が憎しみに変わる瞬間など、スポットを当てればいくらでもホラーとして昇華できそうな題材は転がっているのだが、そうした部分への踏み込みは浅い。少年の成長物語にしては淫蕩すぎるし、繰り返しになるが「大石圭」としか言いようがない作品である。

★★(2.0)

 

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