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暴力と社会病理―“誰が読んでも、いつの時代でも怖いもの”を真正面から描いた不朽の名作-『黒い家』

『黒い家』

貴志祐介/1998年/392ページ

若槻慎二は、生命保険会社の京都支社で保険金の支払い査定に忙殺されていた。ある日、顧客の家に呼び出され、期せずして子供の首吊り死体の第一発見者になってしまう。ほどなく死亡保険金が請求されるが、顧客の不審な態度から他殺を確信していた若槻は、独自調査に乗り出す。信じられない悪夢が待ち受けていることも知らずに…。恐怖の連続、桁外れのサスペンス。読者を未だ曾てない戦慄の境地へと導く衝撃のノンストップ長編。第4回日本ホラー小説大賞大賞受賞作。

(「BOOK」データベースより)

 

 保険金詐欺を扱ったサイコサスペンス。ストーリーは簡単に言えば身内をポンポン殺すサイコパスが、保険金の受け取りを邪魔されたことを逆恨みして保険会社の担当をブチ殺そうとする話である。物語の筋としてはシンプルなのだが、描写の細かさとリアリティが読んでいてまず楽しい。脅迫・恫喝まがいで詰めてくるチンピラ、怪しい病院とグルになって保険金を撒き上げようとする患者、そうした連中に自主的に解約させるために出動する保険屋の切り札「潰し屋」の存在など、保険業界の闇を描いた前半部分でまず引き込まれてしまう。生命保険というシステムが根本的に抱えた問題にも触れているが、単なるフレーバーではなく、この問題はエピローグ部分でも響いてくるのだ。

 保険金詐欺の黒幕たる真犯人もまたシンプルで、要は「でけぇ包丁を持ったキチガイ」である。これは怖い。幽霊や怪物よりも普通に怖い。この人物の執拗さ、犠牲者の無惨さを細かく描くことで恐怖感はより煽られる。この狡猾な偏執狂ではあるが特別な能力は何もない、殺人鬼界のバニラクリーチャーをとてつもなく恐ろしい存在として描く筆力には舌を巻くしかない。

 つまり『黒い家』はシンプルな筋立てとシンプルな恐怖を高い筆力でまっとうに面白く仕上げた、誰が読んでも怖いホラーなのだ。もちろん、本作で描かれている恐怖は保険金詐欺で逆ギレする殺人鬼だけではない。「最近、猟奇的な事件が多いな」「人情や思いやりが失われているな」という、おそらくいつの世でも人が抱いているであろう社会への不安を取り上げ、ラストではその不安を煽ると同時に、性善説に基づく希望をも提示しているのも見逃せないポイント。

 『黒い家』はおそらく、角川ホラー文庫でもっとも売れている一冊だ。そして、これから先も多くの読者を震え上がらせるであろう、日本のホラー界のマスターピースでもある。

★★★★★★★(outstanding)

 

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