角川ホラー文庫全部読む

全部読めるといいですね。おすすめ作品等はリストから

新築マンションに巣食う悪意100%の怪異。怖さが面白さを上回る稀有なモダンホラー-『墓地を見おろす家』

『墓地を見おろす家』

小池真理子/1993年/330ページ

新築・格安、都心に位置するという抜群の条件の瀟洒なマンションに移り住んだ哲平一家。問題は何一つないはずだった。ただ一つ、そこが広大な墓地に囲まれていたことを除けば…。やがて、次々と不吉な出来事に襲われ始めた一家がついにむかえた、最悪の事態とは…。復刊が長く待ち望まれた、衝撃と戦慄の名作モダン・ホラー。

(「BOOK」データベースより:改訂版)

 

 角川ホラー文庫初期を代表するモダンホラー。加納美沙緒の一家が引っ越してきた新築マンションは格安だったが、それもそのはず、周囲を墓地に囲まれていたのだった。妙に入居者が少なかったり、引越し当日に娘の玉緒が飼っていた文鳥が死んだり、地下の倉庫室へはエレベーターでしか行けなかったりと気になることもあったが、現実主義者である夫の哲平は気にしていないようだった。だがテレビに謎の影が映ったり、地下で遊んでいた玉緒が原因不明の怪我をしたり、エレベーターが急に止まったりと不穏な事件が次々と起き…。

 何者かに呪われた新築マンションという、幽霊屋敷モノの亜種のような話だが、不穏さの盛り上げ方が尋常ではない。怪異の正体がはっきりとしない理不尽さもまた怖い。哲平は内心では他人をせせら笑う性悪人間であるし、そもそも哲平と美沙緒の馴れ初めも、哲平の前妻の自殺がきっかけという後ろ暗い点はあるものの、彼らがこうまでマンションに魅入られる理由も最後まで不明なのだ。
 エスカレートしていく怪異、逃げるように引っ越していく住民たち。ついには管理人までマンションを去ってしまい、住民は加納一家だけになってしまう。さすがにもうこんなところには住めないと彼らも部屋を手放す決意をし、引越しの前日、哲平の弟夫婦を呼んで最後の一夜を過ごす。普段、ホラーをエンタメとして消費している自分でも心底怖かったのがこの「引越し前日の、ごく普通の日常シーン」であった。“すさまじく悪い何か”が起きることを読み手だけが確信しているという緊張感ときたら! よく出来たホラー映画の“溜め”の部分を延々見せられているような不安さであった。そして、最後の住民たちを逃がすまいと、ついにマンションはその牙を剥き実力行使に打って出る。完全に閉じ込められたあげく、外からの救いの手もあまりに強引な手段で断ち切られてしまい、孤立する美沙緒たち。そして例の地下倉庫から入り込んで来た何者かは、ついに彼らの元へ…。

 よくも悪くも人間味あふれる登場人物たちが、出どころの不明な猛烈な悪意…いや悪意と呼べない人に害を為すだけの対話不能な存在に翻弄され、破滅していく。このシチュエーションがただただ怖い。

★★★★★(5.0)

 

◆Amazonで『墓地を見おろす家』を見る(リンク)◆

www.amazon.co.jp