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家庭の隙間に入り込み、崩壊に導く魔少年の正体は? 至高のホラーミステリ連作集-『瑕死物件 209号室のアオイ』

『瑕死物件 209号室のアオイ』

櫛木理宇/2018年/320ページ

誰もが羨む、川沿いの瀟洒なマンション。専業主婦の菜緒は、育児に無関心な夫と、手のかかる息子に疲弊する日々。しかし209号室に住む葵という少年が一家に「寄生」し、日常は歪み始める。キャリアウーマンの亜沙子、結婚により高校生の義母となった千晶、チョコレート依存の和葉。女性たちの心の隙をつき、不幸に引きずり込む少年、「葵」。彼が真に望むものとは?恐怖と女の業、一縷の切なさが入り交じる、衝撃のサスペンス!

(「BOOK」データベースより)

 

 川沿いにそびえる高層マンション『サンクレール』。表面上は幸せな家庭が、209号室のアオイという少年の介入によって少しずつ破綻していく様を描く連作集。

 「第1話 コドモの王国」は、幼い息子とその友達の葵を甘やかすばかりで頼りにならない夫にブチ切れる妻・菜緒の話。始めは子供の面倒を見てくれるからと大目に見ていた菜緒だが、暴れようが部屋を汚そうがいっさい怒らない夫の姿は、親ではなく単なるガキ大将に過ぎなかった…。

 「第2話 スープが冷める」は、夫の単身赴任中、義母と2人きりで暮らす妻・亜沙子の話。お嬢様育ちで微妙に社会常識が足りない義母との生活に、次第に疲弊していく亜沙子。しかもある日、義母が勝手に葵という子を家に連れてきて「可哀想だからうちで育てる」とナチュラルに誘拐をかましてしまう。大慌てする亜沙子だが、義母に強くは言うことができず…。第1話と同じく、現代らしい“大人になり切れない大人”を皮肉った一編だが、邪悪さと妻の追い詰められっぷりはこちらの方が数段上。

 「第3話 父帰る」は、妻を亡くした元上司と結婚し、高校生の義理の息子・航希と暮らすことになった女・千晶の話。ある日、航希が鍵を無くして家に入れなくなったという少年・葵を家に連れてきた。葵はしばしば家に遊びに来るようになり、航希も相手をするようになる。だが千晶は、葵と航希が人形遊びで「千晶の夫と、死んだ前妻の修羅場」を再現していることに気づいてしまい…。過去に犯した罪に苛まれ続ける厭な話だが、本書の中ではまだ比較的救いのある内容ではある。

 「第4話 あまくてにがい」は、妹に婚約者を寝取られ、独り暮らしを始めたというこれまでの登場人物の中でも不幸度合いがトンでもない女性・和葉の話。『サンクレール』の209号室に越してきた和葉は、ストレスを感じるたびにチョコレートをやけ喰いしてしまうチョコ依存症だったが、マンションで出会った少年・葵の姿を見て、彼に衝動的にチョコをあげてしまう。以降、彼女の生活にはたびたび葵が現れるようになり…。3話までにたびたび姿を見せてきた“209号室の住人の真実”が明らかになるミステリ的展開。

 そして「第5話 209号室のアオイ」では、これまた今までの話でたびたび出てきたとある住人が話の中心となり、「葵」なる存在の正体と209号室に隠された過去が明らかになる。

 どの話も「何かしらの問題を抱えつつも、表向きは平穏な家庭」を舞台としつつ、美しき少年・葵という存在によってその歪みが肥大化し、崩壊に導かれるという救いのない展開である。複雑な人間関係や、各話の主役たちの絶望と悲哀が読んでてスッと入ってくる作者の筆力はさすがとしか言いようがない。悪意があるのかないのかすらも判然としない、葵の行動原理も最終話でちゃんと明らかになるし、前向きさを取り戻すキャラクターもいるし、ホラー的なお約束のオチもあるし、読後感は満足の一言。

★★★★☆(4.5)

 

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