角川ホラー文庫全部読む

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シャープな心理描写、ラスト1ページの残酷かつキレのいい結末。さすがの筆力に唸る-『潜在光景』

『潜在光景 恐怖短編集』

松本清張/1994年/270ページ

二十年ぶりに再会した泰子に溺れていく私は、同時に彼女の息子の不信な目に怯えていた…。表題作他、ささやかな欲望から始まる、世にも怖しい七つの物語。清張文学の絶品集。

(Amazon解説文より)

 

 推理長編やドキュメンタリーの印象が強い松本清張だが、多くの短編も残している。本書にはいわゆる超自然の怪異が登場しない、市井の人々のリアルな心理状態から生まれる恐怖を描いた作品が集められている。「潜在光景」「鉢植を買う女」「鬼畜」など映像化された作品も多い。

 「潜在光景」-幼なじみの未亡人と再会した男は、彼女との不倫の恋に溺れていく。しかし彼女の一人息子の視線が彼を焦燥させていき…。オチはあまり珍しくはないもので、なんなら角川ホラー文庫でも同様の短編を2、3回読んだ気はするが、克明な心理描写のおかげで話に引き込まれる。「八十通の遺書」-自殺した社長の訃報を新聞で読んだ私は、その社長のもとで働いていた昔のことを思い出す…というだけの話だが、自死を選ぶ人の心理に思いを馳せるラスト1ページが印象部会。「発作」-仕事に情熱も持てず、金も無く、愛人にも邪見に扱われ…。人生どん詰まりの男がついに“発作”を起こす。「黒い血の女」-通常の角川文庫版『潜在光景』ではこの話が省かれ全6編になっている。少々グロテスクな描写がある点を除けばゴチャついたミステリでしかなく、本書の中では少々面白みに欠ける一編。「鉢植を買う女」-同僚に金を貸して、その利子を貯めることだけが生きがいの女。金にがめつい年増の不美人と社内の評判は悪かったが、とある遊び人の社員が彼女に手を出し肉体関係を持つ。金にもだらしないその男は、会社の金を盗んで逃走するが…。オチがきれいに決まっており、これまで何度もドラマ化されている人気作。「鬼畜」-事業が立ち行かなくなった印刷工。景気のいい時に囲っていた愛人が3人の子供を置いて姿をくらまし、妻との仲は最悪に。末っ子が病死した時、ふと肩の荷が軽くなったことに気づいた男は、長女を町へ置き去りに。さらに長男は事故に見せかけて殺害しようと企むが…。タイトル通りの所業に及ぶまでの印刷工の心理がまことに恐ろしく、かつ共感性ある内容なため非常にスリリング。本書の中でも群を抜いた出来。「雀一羽」-時は元禄。将軍綱吉による生類憐みの令が布かれている折、配下の家来が雀一羽を殺してしまったばっかりに、出世の道を絶たれてしまった旗本。綱吉が死ねば返り咲けるに違いないと信じ、閑職に追いやられてもなんとか耐え忍んでいたが、綱吉はいっこうに死ぬ気配を見せない。旗本はついに狂気に陥り…。

 大仰さを抑えつつも的確な描写で感情移入させ、ラストの1、2ページでスパッと残酷な結末を見せつける。筆力を感じさせる短編ばかりである。

★★★☆(3.5)

 

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