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過去への想い、過去からの想いに縄縛される恐怖。傑作揃いの稀有なオリジナルアンソロジー-『かなわぬ想い』

『かなわぬ想い―惨劇で祝う五つの記念日』

今邑彩、小池真理子、篠田節子、服部まゆみ、坂東眞砂子/1994年/292ページ

今邑 彩・小池真理子・篠田節子・服部まゆみ・坂東眞砂子あの日を境に、私の運命の歯車は、ずるずると狂い始めてしまった…!! 記念日をテーマに、女流作家陣が競作したホラーアンソロジー、五篇を収録。

(Amazon解説文より)

 

 「記念日」をテーマに書き下ろし作品を集めたオリジナルアンソロジーだが、全5編どれも怖面白い。考えてみれば「記念日」という概念自体、過去に囚われた人間の想いがゴリゴリに凝り固まったものであるわけだし、ホラーと相性のいいテーマだろう。ちなみに寄稿者すべて女流作家で、主人公も女性という共通点がある。

 「鳥の巣」-友人らとともに山中湖のリゾートマンションで過ごすことになった主人公。ひとり先に到着するも、友人らはまだ来ておらず待ちぼうけをくらう。同じリゾートマンションで暮らしているという一家の母親と出会い、部屋に招かれるのだが、その母親は家族を崩壊に招いた「鳥」を異様に嫌っていた。5月3日、家族の記念日に起きた事件とは? 不穏さがにじみ出てきてからのエスカレート具合が見事で、古典的なオチがきれいに決まっている。

 「命日」-恋人の死をきっかけに鬱病になった姉。環境を変えるためにも、と新たな家に引越しした一家だが、その家には以前、難病で若くして死んだ少女が住んでいて…。姉が一家の中で少しずつ腫れ物扱いされていく過程が厭にリアルで、わりと容赦がない。理不尽さが都市怪談レベル。

 「誕生」-仕事に打ち込むあまり、かつて妊娠した我が子を見殺し同然に死なせてしまったと思い悩む主人公。「子宮内から爪を引っかけて降りてくる胎児」を幻視して以降、職場からは干され、海外赴任中の夫からは別れを告げられ、明らかに運気が落ちていた。すがるように霊能者のアドバイスを受けるも、金をむしり取られるだけで一向に自体は改善しない。その間、幻想の胎児は少しずつ成長していき…。よくある水子の霊がどうのこうのといった怪談から、「親と子」の関係について、一歩深いところへと踏み出している傑作。

 「雛」-とある画商が手に入れた、背の丈60センチほどの見事な女雛。その美しさに見惚れた画商は対になる男雛も探しだそうとするが、彼が少し目を離した隙に、女雛は般若のごとき鬼女の形相と化していた…。画商の友人であるキップのいいお父っぁんだの、雛人形の作者である職人だの、サブキャラクターに妙に気持ちのいい人物が多く印象的。脳裏に鮮烈なビジュアルが浮かぶ女雛やラストシーンの描写も味わい深い。

 「正月女」-閉鎖的な農村に嫁ぎ、子供が生まれることもないまま、身体を病み自分の寿命が長くないことを悟る主人公。年の暮れに病院から夫の実家へ戻るものの、彼女が感じるのは深い孤独だけだった。そして迎える正月。村には「正月に死んだ女は、7人の女を連れていく」という言い伝えがあった…。序盤に延々と語られる主人公の絶望が読者の意識を侵攻し、さらに「悪い」結末へとつながっていく。本書の最後を飾るにふさわしい傑作。

★★★★(4.0)

 

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