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許容範囲ギリギリをせめぎ合う、筒井ホラーの真髄が詰め込まれた納得のセレクト-『鍵』

『鍵』

筒井康隆/1994年/269ページ

放置された机から見つかった古い鍵束。鍵に秘められた不思議な力に導かれ、甦る寒い思い出…。日常からにじみ出す幻想と恐怖を独自の感性と手法で綴る著者初のホラー短編集。

(Amazon解説文より)

 

 著者初のホラー短編集にして自選集。筒井康隆はエンターテインメントとして成立しなくなる許容範囲ギリギリのところまで「実験」「悪意」「風刺」などをブチ込んでくることが少なくないのだが、ことホラーというジャンルにおいてはその手法が非常に効果的に働いているのではないか。

 

 印象的な作品をいくつか。巻頭作にして表題作「鍵」はふとしたことから見つけ出した鍵をきっかけに、過去に封じ込めたはずの忌まわしい記憶が次々と暴かれていく様に心冷える逸品。本書ではもっとも怖い一編かもしれない。過去が怖くない人間などいやしないのではないか。

 「死にかた」は、オフィスに現れたオニが社員を1人ずつ金棒で叩き殺していくという「だけ」の話。あまりにも人体損壊描写が執拗なスプラッターで、タイトル通りいろいろな死にかたのオンパレード。シンプルな筋立てがグロテスクさと理不尽さを引き立てており、筒井ホラーのマスターピースとして挙げたい1本。この手のスプラッターだと「偽魔王」も忘れがたいが。

 「佇むひと」は、生物が植物にされてしまうディストピア社会で妻を失った男の話。「くさり」は盲人の少女と怪しげな実験を繰り返すその父親という王道シチュエーション。「母子像」はシンバルを鳴らす猿のおもちゃが妻子を異次元に引きずり込むという奇妙な話だが、ラストの幻想的なビジュアルが本当に素晴らしい。この3本は筆者のSFホラーとしては鉄板の名作だ。

 「都市盗掘団」、戦争で地盤が沈下し、あちこちのビルや家屋が埋没してしまった近未来を舞台に、「表向きは建設会社、裏では盗掘を生業とする一団」「完全に埋没した日本家屋で過ごす一家の娘とのロマンス」「魔都・香港の妖しい街並み」「不死の呪い」「盗掘団メンバー間の愛憎入り混じったクライムサスペンス」等をブチ込んだ娯楽作。これらの要素をわずか27ページで収めているのは人間業ではなく、そのまま長編になり得るアイデアである。

 「二度死んだ少年の記録」は、いじめを苦に自殺した少年の最後の行動を、作者自身が取材を基に書き起こすというルポルタージュ風のもの。取材先の学校が「筒井康隆が来た」と知るや完全に警戒モードに入ってしまうのもむべなるかな。一度死んだ少年が校内を歩き回り、阿鼻叫喚の大パニックを巻き起こす様子を淡々と描いているのだが、結果的に教師・クラスメイトをボロクソに批難する形になっている。

 

 読んで納得の傑作揃い。個人的に筒井康隆ホラーのベストを作るとしても大部分が重複するんじゃないかと思う。「走る取的」「お助け」は追加するかも。

★★★★★(5.0)

 

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