角川ホラー文庫全部読む

全部読めるといいですね。おすすめ作品等はリストから

「忘れたい痛み」と「忘れられた痛み」がすれ違うノスタルジックホラー-『記憶屋』

『記憶屋』

織守きょうや/2015年/304ページ

大学生の遼一は、想いを寄せる先輩・杏子の夜道恐怖症を一緒に治そうとしていた。だが杏子は、忘れたい記憶を消してくれるという都市伝説の怪人「記憶屋」を探しに行き、トラウマと共に遼一のことも忘れてしまう。記憶屋など存在しないと思う遼一。しかし他にも不自然に記憶を失った人がいると知り、真相を探り始めるが…。記憶を消すことは悪なのか正義なのか?泣けるほど切ない、第22回日本ホラー小説大賞・読者賞受賞作。

(「BOOK」データベースより)

 

 記憶を消したいと願う人の前に現れ、その望みを叶えてくれるという「記憶屋」。外見も年齢も性別も不明、かつストーリーらしきストーリーもないマイナーな都市伝説だったが、その存在はあちこちで囁かれていた。

 大学生の吉森遼一は、先輩・澤田杏子の夜道恐怖症を治そうと彼女に寄り添うが、杏子は記憶屋にトラウマを消してもらおうとしていた。そして杏子は恐怖症を克服すると共に、遼一のこともすべて忘れてしまう。たとえ当人の望みとは言え、人の記憶を消してしまうことは罪ではないのか。忘れられることの痛みを知った遼一は、記憶屋について調べ始める。記憶屋に会った人間はその記憶すら消されてしまう。記憶屋に消された記憶は二度と戻らない…。そして遼一は、記憶と体験の齟齬から「自分がすでに記憶屋と会い、記憶を消されている」事実に気づいてしまうのだった。

 

 「記憶を消す」という、シンプル極まりない能力の持ち主を中心に据えたノスタルジックな1冊。「記憶を消されている」という記憶すら消されている…という展開は確かに恐怖ではある。ただ「泣けるほど切ない」と銘打たれている本作の主軸は記憶屋の動向というよりも、記憶を消してもらいたいと願う当人と消えた記憶の中にいた人間、そのすれ違いと悲哀を描くことにある。記憶屋はいったい何者なのかというミステリ的な要素もなくはないが、遼一と記憶屋が対峙するラストでも、その正体よりは「すれ違い」の無常さに心打たれる。ホラー味は薄めだが間違いなく良い話である。

★★★(3.0)

 

◆Amazonで『記憶屋』を見る(リンク)◆

www.amazon.co.jp