角川ホラー文庫全部読む

全部読めるといいですね。おすすめ作品等はリストから

「血の記憶」を辿り、教え子の死の真相を探る男。橋をわたればもう戻れない-『橋をわたる』

『橋をわたる』

伊島りすと/2003年/184ページ

時間給の高さに惹かれ、大学の夏休みの期間だけ、僕は塾講師のアルバイトをすることにした。担当する科目は小学校五年生の算数。文学部の僕にとって、彼らに算数を教えるのは至難の業だった。なんとか夏期講習前期最後の授業まで辿り着き、ひと安心した矢先、教室で信じられない出来事が起こる。女子生徒の一人がシャーペンで自分の顔を突き刺し始めたのだ。なぜ彼女はそんなことを?僕は、人には言えない特殊な能力を使って、事件の裏に潜む謎を調べ始める…。

(「BOOK」データベースより)

 

 物語は何らかの施設に収容されている主人公の独白から始まる。塾講師をしている大学生の「僕」こと早川のクラスで、1人の女生徒のが自分の顔面をシャープペンで何度も突き刺し、眼球を破裂させる事件が起きた。主人公は他人の血を舐めることで記憶を共有できる能力を使い、生徒の過去を探る。なんと彼女の母親はメッタ刺しにされて殺されており、生徒は死体と共に数日間暮らしていたのだ。母親の死体に水を撒き、普段通りに着替えて塾へと通い…。果たして彼女の行動の裏にはどんな理由が潜んでいるのだろうか? タイトルの「橋をわたる」は主人公が子供たちに逆算を教える時のキーワードだが(この授業がなんとも危うい感じで変な緊迫感がある)、人から人ならざる者へ、日常から非日常への文字通りの橋渡しという意味も兼ねて何度も作中に登場する。

 異能を持った主人公の変則ミステリだが、事件の真相やトリック自体はそう特殊なものではない。伏線を匂わせておいて肩透かしに終わる箇所もあり箇所もあり、ミステリとして読めば凡庸な作品だろう。ただ本作の魅力は全体を通しての妙に淫猥でありながらも凪のように静かな、何とも独特な雰囲気にある。登場する人々の繊細な心の揺れ動きや、主人公に橋をわたらせ、自らもまた橋をわたった一人の孤独な少女の行く末、ラスト2ページで展開されるささやかな、そしてあまりに異様な奇跡といった要素が積み重なり、一読忘れがたい印象を残す。シリーズものの第1話のような構成だが、続編は発表されていない。

★★★☆(3.5)

 

◆Amazonで『橋をわたる』を見る(リンク)◆

www.amazon.co.jp