『今昔奇怪録』
朱雀門出/2009年/221ページ
町会館の清掃中に本棚で見つけた『今昔奇怪録』という2冊の本。地域の怪異を集めた本のようだが、暇を持て余した私は何気なくそれを手に取り読んでしまう。その帰り、妙につるんとした、顔の殆どが黒目になっている奇怪な子供に遭遇する。そして気がつくと、記憶の一部が抜け落ちているのだった―。第16回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した表題作を含む5編を収録。新たな怪談の名手が紡ぎだす、珠玉の怪異短編集。
(「BOOK」データベースより)
日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した表題作のほか4編を収録。時代物、SF、サイエンス、実験小説と様々な形態ながら、いずれも作者が得意とする「怪談」をベースにしているのが一読して分かる。怪談が語り手を、読み手を、聞き手を侵蝕し、そして増殖していく様をそのまま体現した、傑作力作ぞろいの一冊である。
「今昔奇怪録」-主人公が町会館で見つけた2冊の古い本「今昔奇怪録」には、周辺の地域で起きたさまざまな怪談がまとめられていた。顔のほとんどが黒目で占められた“ぼうがんこぞう”。相撲を取っているとなぜか相手がひとり増えてしまう“三人相撲”。切り倒そうとすると祟られ、人の顔をしたリスが棲むという“くびつりのき”。主人公と妻は本に書かれていた怪異の起きた場所を訪れるが、そこでは実際に得体の知れない何かが起きており…。何気ないきっかけで怪談に魅了され、引き返すことができない所まで取り込まれていく主人公の姿にシンパシーを抱く人も多いかもしれない。
「疱瘡婆」-とある商人の幼い娘たちが疱瘡で亡くなった。手厚く葬る主人だが、墓が何者かに掘り返され、遺体が食い散らかされてしまう。丁稚や手代たちは死体を喰うために疱瘡を流行させる“疱瘡婆”の仕業だと噂するが…。鬼気迫ると同時に哀れな話であり、真相は途中で察せられるものの、妖怪というテーマを一捻りした力作である。ちなみに疱瘡婆は実在する(?)妖怪で、『呪術廻戦』にも出ていたりする。
「釋迦狂い」-力士、釋迦ヶ嶽雲衛門への贔屓が昂じて本人と諍いになり、釋迦ヶ嶽を刺し殺した男がいた。度を越した入れ込みのことを釋迦狂いと言うのはこの故事に由来するという。語り手はこの釋迦狂いの事件を再現したお化け屋敷で、凄惨な事件の現場を体感するのだが…。いかにもなリアリティのある釋迦狂いのエピソードも含め、虚構と現実の境目があいまいになっていく過程がなんとも恐ろしい。
「きも」-大学の研究室の培養器に、見慣れぬシャーレが入っていた。書かれていた記号を見る限り、山木という人が肝細胞の増殖を行っているらしかったが、山木なる生徒はすでに死亡していた。悪質ないたずらと断じた指導教員はシャーレを捨てるが、翌日になるとまた山木の肝細胞培養シャーレが入っていて…。怪談とはおよそ縁遠いと思われる、大学の研究室という舞台で起きる因縁話というのがまず面白い。電気泳動像の図が載っている怪談というのもなかなか無いだろう。
「狂覚(ポンドゥス・アニマエ)」-被験者、干渉者、観察者、統括者なる4人のモノローグでつづられる、いっぷう変わった短編。読み進めていくうちに被験者は悪夢を見ているらしいことがわかり、グロテスクでシュールな光景が繰り返されるのだが、被験者に直接コンタクトする干渉者、それを記録する観察者の言葉にも妙な影響が表れ始める。傍観者ではいられなくなる恐怖、現実を侵食する怪異を斬新な手法で描いた、本書を締めくくるのにふさわしい一本。
★★★★☆(4.5)