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果てなき時間に、場所に、運命に囚われた人々の“解放”を描くダークファンタジー中編集-『秋の牢獄』

『秋の牢獄』

恒川光太郎/2010年/224ページ

十一月七日水曜日。女子大生の藍は秋のその一日を何度も繰り返している。何をしても、どこに行っても、朝になれば全てがリセットされ、再び十一月七日が始まる。悪夢のような日々の中、藍は自分と同じ「リプレイヤー」の隆一に出会うが…。世界は確実に変質した。この繰り返しに終わりは来るのか。表題作他二編を収録。名作『夜市』の著者が新たに紡ぐ、圧倒的に美しく切なく恐ろしい物語。

(「BOOK」データベースより)

 

 「秋の牢獄」-突如として“11月7日”を延々と繰り返すことになってしまった主人公・藍。理由もわからないまま、無為に同じ日の生活を繰り返していた藍は、自分と同じように11月7日に囚われているリプレイヤーの人々と出会う。彼らの話によると、“北風伯爵”なる異次元の存在がリプレイヤーを消してまわっているのだという…。
 SFホラーではおなじみのネタだが、リプレイヤー同士がコミュニティを作って情報交換しあうという展開は意外に新鮮な気がした。リプレイヤーは死んでも次の日には記憶を持ったまま甦る。北風伯爵はリプレイヤーに死をもたらす者なのか、それとも“明日”へと連れ去る存在なのかは最後まで明らかにならないのだが、「同じ時を繰り返すリプレイヤーの生活が、実は現世を生きる我々の生きざまとまったく変わらないものだった」という視点は新しい。たとえ永遠の命であろうとより大きな牢獄、より長い鎖に繋がれているに過ぎない。

 

 「神家没落」-ふと迷い込んだ先の藁葺屋根の古民家で、見知らぬ老人から“継承者”にされてしまった主人公。家は定期的に場所を変える不思議な性質を持っていたが、彼は家から出ることができなくなってしまっていた。食料の心配はなく、危険や驚異とも無縁の生活が続くが、彼は外の世界に出る手段を探し始める。自分以外の人間を継承者にすればいいことに気づいた彼は、カフェの看板を入口に出して客を待ち受けるが…。

  これも「どこかで読んだようなネタ」ではあるものの、“神家”での生活はそれなりに悪くない…どころかずいぶん魅力的でさえある。世俗から切り離され、訪れる人々から神として扱われる暮らし。案外、その辺の神社や祠に奉られている存在もこの主人公と似たようなものかもしれない。異世界での生活が現実の悪意によって脅かされる後半の展開は「風の古道」(『夜市』)を思わせるところがあるが、ラストの寂寥感はまったく別のものだ。

 

 「幻は夜に成長する」-とある新興宗教団体で“器”として幽閉生活を送る女性・リオの話。幼い頃に霊狐の力を使う老婆に攫われ、生活を共にしていたリオは「自分のイメージを他者に伝える幻術」を身に付ける。そして時は過ぎ、リオは暴力と薬と暗示を受け、教団で客を“救う”役割を果たしていた…。
 不思議な能力を得たがために疎まれる、少女の数奇な人生が語られる。この作者は“厭な人間”の厭さをリアルに書くのが本当に巧いなあ。ストーリーの展開というよりはディテールを積み上げていくタイプの物語で、作中で描かれる幻術の設定も良い。カタストロフ直前での締め方も最良の終わり方に思える。

 

 それにしても、恒川光太郎の作り出す「牢獄」のなんと魅力的なことか。本書に収録された3編、いずれも“囚われた人”の物語だが、どの世界も恐ろしくあると同時に郷愁的であり、叶うものであれば足を踏み入れてみたくなるような蠱惑さを放っている。本書の主人公3人は全員、最後には牢獄を出て外の世界へ向かっているのだが、その胸に訪れる感情はそれぞれ大幅に異っているであろうことも興味深い。恒川光太郎作品に魅入られた我々の心を捉えて離さない、幾度もの再読に耐える作品集である。

★★★★★(5.0)

 

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