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遠い記憶の異世界で、こちら側の現実で、永遠に迷い続ける子ら。郷愁誘う静かな傑作-『夜市』

『夜市』

恒川光太郎/2008年/218ページ

妖怪たちが様々な品物を売る不思議な市場「夜市」。ここでは望むものが何でも手に入る。小学生の時に夜市に迷い込んだ裕司は、自分の弟と引き換えに「野球の才能」を買った。野球部のヒーローとして成長した裕司だったが、弟を売ったことに罪悪感を抱き続けてきた。そして今夜、弟を買い戻すため、裕司は再び夜市を訪れた―。奇跡的な美しさに満ちた感動のエンディング!魂を揺さぶる、日本ホラー小説大賞受賞作。

(「BOOK」データベースより)

 

 「夜市」-友人のいずみを連れ、裕司は夜市にやって来た。永久放浪者が売る世界中の石や貝。一つ目ゴリラが売る稀代の名剣。のっぺらぼうが売る様々な薬。高価なものばかりだが、夜市では望むものがなんでも手に入る。現世へ帰るためのルールはただ1つ、夜市で何かを買うということだけ。

 裕司は子供の頃、「野球の才能」と引き換えに打ってしまった弟を取り返すため、なけなしの金を持って再びこの夜市にやって来たのだ。夜市で知り合った老紳士の案内で、裕司といずみは人攫いの店へ着く。そこでは半ズボンを履いた少年たちが、時間を凍結させられた状態で売られていた。人攫いはその中の1人を指さして「これが10年前に買ったお前の弟だ」と嗤い、大金をふっかけるが、裕司の手持ちの金ではとても買い戻せない。そこで裕司はある決断を下す…。

 「風の古道」-7歳の頃、迷子になった「私」は見知らぬおばさんに「古道」の場所を教えてもらう。人の気配がない、今時めずらしい未舗装の道。夜になるとお化けが出るという、どこまでも続いているような不思議な道…。

 12歳になった「私」は、友人のカズキと共に再び古道の中に入ってみることにした。そこは確かに見覚えのある古道だったが、歩いても歩いても目的地に着かない。道端の茶店に入った2人は、この古道が現実世界とは異なる「ルール」に則った異世界であることを知る。古道の旅行者である青年・レンと知り合った私とカズキは、彼に連れられて出口を目指すのだが、想定外の事件に巻き込まれたカズキが命を落としてしまう…。

 

 収録されている2編とも、人ならざるものが棲む異世界へ迷い込んだ少年の話という共通点がある。まるでファンタジー小説のような設定だが、この異世界での待つのはわくわくするような冒険ではなく、むしろ非常に過酷な運命である。にもかかわらず、多くの人は本書に“安らぎ”を感じるのではなかろうかとも思う。ノスタルジアに訴えかける幻想的な風景と同時に、異世界ももう一つの現実に過ぎないというシビアさも描く作者の視線はどこまでも優しい。

 両作品ともいくらでも広げられそうな世界観だし、老紳士やレンのような頼りになるキーキャラクターも魅力的。終盤に向け二転三転する展開、静かながらも叙情的なラストのおかげで読後の満足感も高い傑作である。「風の古道」エピローグの「これは成長の物語ではない」という異世界冒険譚を否定するような一節、そしてラストの一文は忘れられない印象を残す。

★★★★★(5.0)

 

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