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毒親、マザコン、仮面夫婦…。後味最悪、安らぎ亡き家族の肖像を描く短編集-『踊る少女』

『踊る少女』

吉村達也/1999年/358ページ

妻は化け物かもしれない。おれは怖い、怖くて家ではもう眠れない!中年男が真夜中に目撃した妻の恐るべき姿!―『踊る少女』モナリザなんて大嫌い!どうしてあの絵を見せようとするの!レオナルド・ダ・ヴィンチの名画に脅える女が隠す、驚くべき肉体の秘密―『モナリザの微笑』引っ越しても引っ越しても、また自分の隣にやってくる不気味な住人―『隣の江畑氏』など、吉村達也が描く恐怖世界を満喫できる究極のホラー短編七作収録。

(「BOOK」データベースより)

 

 中央公論社の新書・単行本『家族の肖像』の改題文庫版。家庭を舞台に描かれるサイコホラーを収録しているのだが、何編かはちょっと切れ味が鋭すぎる。長編の印象が強い吉村達也だが、本書もまた作者の持ち味がじゅうぶんに発揮された傑作だ。

  「モナリザの微笑」-天真爛漫で感情表現豊かな後輩・直美と結婚することになった石井は、同僚の倉田から「直美は大噓つきの虚言症」だと告げられる。憤る石井に倉田は「ハネムーンでパリに行くなら、ルーブル美術館でモナリザを見てくるといい」と告げる。そしてハネムーンの旅行中、モナリザを見に行こうと誘われた直美は「モナリザなんて大っ嫌い!」と号泣するのだった。モナリザの微笑が暴く、人間の本性とは?

 「美和さん」-銀行員の北嶋と結婚式を挙げた早百合。だが2人はまだ入籍を済ませておらず、1年後に行う予定だった。さらにハネムーンに関しても「北嶋の母親が怪我をしたから」という理由で先延ばしにされてしまう。なぜハネムーンに母親の怪我が関係してくるのか? 60を越えてもなお美しい北嶋の母親・美和には、とある秘密があった…。「モナリザの微笑」「美和さん」は、どちらも新しく加わる家族の隠された一面を描く話だが、後者のおぞましさはこの手のサイコものの中でも群を抜いている。ヤバい。

 「隣の江畑氏」-どこに住もうとも、隣の家に引っ越してくる不気味な隣人・江畑氏に翻弄される夫婦の話。

 「踊る少女」-営業部長の岡田は、昭和の亭主関白を絵に描いたような男。部下からの指摘で、岡田は家庭ではおとなしく従順な妻が深夜放送のテレビについて新聞に投書していたことを知る。テレビ自体を軽蔑している岡田は妻がそんなことをしているとは到底信じられなかったが、とある事実に気づき、激しく恐怖するのだった。おれの妻は化物かもしれない…!

 「ぜったいナイショだよ」-妹が生まれてからというもの、両親から相手にされなくなってしまったひとみは、ウソをついて親の気を引くことを覚えた。パパはママのことを、ママはパパのことを裏でこっそり悪口を言っている…。ひとみのウソにより家族はぎくしゃくしていき…。蓄積されていた澱みが最悪の形で露呈するラストが印象的。

 「親戚」-有名コラムニストの南條が結婚を決意。式の準備を進める彼の元へ、「あなたの母の姉の夫の姉の娘の息子」と名乗る人物から、「ぼくはあなたの親戚ですが、42歳独身で痴漢がやめられないので女を紹介して下さい!」という電話がかかってきた。ホラーと言うよりはコントじみた一編。

 「11037日目の夫婦」-定年退職を迎え、最後の出勤を終えて帰宅する夫。そんな彼を白装束姿で迎えた妻は「あなたに奪われた30年の代償に、あなたのこれからの5年間を奪わせてください」と告げる。いわゆる定年クライシスを描いた話だが、ここまで鬼気迫る地獄絵図になろうとは…。

 収録されている7編、いずれも見事なまでに救いがなく、「美和さん」「11037日目の夫婦」「踊る少女」の3編は特に恐い。ああ厭だ。

★★★★(4.0)

 

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