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無自覚な悪意の厭らしさを突き付ける漆黒短編集。これは怖い-『夢に抱かれて見る闇は』

『夢に抱かれて見る闇は』

岡部えつ/2018年/272ページ

男を初めて部屋に上げるときは、かなりの勇気がいる。もしこの男に、見えてしまったら。もうすぐ40歳の真千子の部屋には、かつての恋人の骸骨が立っている。暗闇の中、知り合ったばかりの男の愛撫に感じたのは…(「枯骨の恋」)。職場のパワハラで自殺した同僚。実家を訪れた千穂が知った、若い死者に対する奇妙な風習とは(「アブレバチ」)。第3回『幽』怪談文学賞受賞作が待望の文庫化。女たちの怖くてエロティックで美しい物語。

(「BOOK」データベースより)

 

 8つの短編を収録。解説にあるようなエロティックさは大して無いのだが、主人公のほとんどがパートナーのいない中年女性という共通点がある。怖さ自体にはムラがあるが怖いものはわりと本気で怖く、クオリティ自体はどの短編も高い。

 「枯骨の恋」-真千子には、かつて死んだ恋人・博也の骸骨が見えてしまう。骸骨は動いたりもせずただそこにいるだけで、自分以外の人間には見えないらしい…。ごくささやかな怪異を描いた話だが、祟り祟られたりするような悪人ではなく、かといって良識ある人々とも決して言い切れない真千子と博也の「等身大の、どうしようもない人」というキャラクターが厭なリアリティを生んでいる。
 「翼をください」-姉のうなじに見つけた赤黒い痣。彼女らの母親にも同じような痣があちこちにあった…。母から娘らへと受け継がれるそれは穢れの印なのか。
 「アブレバチ」-パワハラで自殺した同僚・滝江の家族と、共に会社を訴訟するために彼女の実家を訪れた千穂。山奥にある滝江の実家の村には、かつて子供や妊婦を突き落とし、間引きするための「アブレバチ」という岩穴があった。親よりも先に死んだ滝江の骨は、そのアブレバチに放り込まれるのだという…。門賀美央子の解説でも述べられているが、「平凡で無自覚な悪人」である千穂の造形が実に見事で、読んでいる者の背もぞわぞわしてくる。滝江のために、と言いつつ私欲のために訴訟を提起しようとしているようにしか見えず、その違和感の正体は最後、千穂自身に対し牙を剥くのだ。傑作揃いの本書の中でも白眉と言える作品。

 「縁切り厠」-主人公の母の実家には、悪縁を絶ってくれる「縁切り厠」と呼ばれる古い外便所があった。女性が一晩そこに籠ることで、大昔に非業の死を遂げたお咲さんの亡霊が「縁」を流してくれるという。主人公は不倫相手とその妻の縁を切ってもらうため、縁切り厠に籠るのだが…。
 「ギブミーS」-四十路を越えてから子供を産まねばと決心した独身女性が、とにかくスペルマを得るため奔走するドタバタ悲喜劇。最終的に産まれたものとは…。
 「棘(おどろ)の路」-本書最恐かもしれない一品。自殺したかつての友人・九里子の葬式へと向かう友人ふたりは、車内で彼女の過去を語る。九里子の下の子供はベランダから落ちて事故死したのだが、実は事故ではなく長男の仕業だったのだという。しかも彼女の家を訪れた時、ベランダに続く窓ガラスの下側に、子供の手形がペタペタと付いているのが見えて…。陳腐な怪談めいた話がいきなり語り手たちを巻き込み、ラストではただ愕然とする展開を迎える。
 「親指地蔵」-親友の泰子からの頼みで、最近連絡のつかない摩子のアパートを訪れた紗江。部屋の中は5年前とまったく変わらず、摩子自身もまるで変っていないように見えた。摩子の部屋にある小さな地蔵に目を止めた紗江は、それがかつて泰子・摩子と行った旅行先で見た、賽の河原と呼ばれる浜にずらりと並べられていた水子地蔵だと気づく。「いいもの見せてあげる」と紗江に近づいた摩子は、毛皮に包まれた腐肉の中から「これは泰子の子」と小さな地蔵を取り出した…。見せかけの友情の裏側にあるドロドロ描写に加え、ラストの喪失感と無常感が最悪の読後感をもたらす。
 「メモリィ」-古い街並みで見つけたレトロな喫茶店。この店には実在しない人間の幻影がたびたび現れる。店主が言うには幽霊ではなく、「物」が持つ記憶がそれを見せているのだという…。小さな奇跡を描く優しいファンタジー。

 どの話も印象深く捨て作品は無いが、特に「アブレバチ」「棘の道」「親指地蔵」辺りはアンソロジーのピースになり得る傑作。著者の単行本未収録短編はまだまだあるようなので、もっと読んでみたいものだ。

★★★★☆(4.5)

 

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