『屋根裏の散歩者』
江戸川乱歩/1994年/405ページ

世の中の全てに興味を失ってしまった男が見つけた、最後の楽しみ。それは屋根裏を歩きまわり、人間が決して他人に見せることのない醜態をのぞき見ることだった。このみだらな快楽の虜となった男は遂に、完全犯罪を目論むが――。
表題作「屋根裏の散歩者」ほか、3編を収録。
(裏表紙解説文より)
『屋根裏の散歩者 江戸川乱歩ベストセレクション③』とは収録作がまったく異なる。収録作品自体は本書のほうが多いが、「人間豹」以外は角川ホラー文庫の他の短編集でも読むことができる。
「屋根裏の散歩者」-この世のあらゆる娯楽に飽きた男・郷田三郎は、知り合いの探偵・明智小五郎の話に耳を傾けるうち、犯罪に憧れを抱き始める。住んでいる下宿の屋根裏に忍び込めることを知った三郎は、住人の生活をこっそり覗き見するようになり、やがていけ好かない住人の殺害を企てるようになる…。
明智の推理とブラフの巧みさを、犯罪者側の視点から味わえる。屋根裏散歩と完全犯罪の魅力を甘く囁く危険な一編でもあり、人は誰でも犯罪者になり得ることを突きつける。その境界線は驚くほどに淡いのだ。
「人間豹」-会社員の神谷芳雄は、馴染みのカフェ店員・弘子が妙な男に言い寄られているのを見る。骨ばった顔、燃えるような目、耳まで裂けそうな口に棘だらけの舌――恩田と名乗るその男の風貌は、まるで豹そのものだった。やがて弘子が行方不明となり、恩田を怪しんだ神谷は彼の屋敷へ向かうが、恩田の父を名乗る老人に監禁されてしまう。隣室で弘子が惨殺される様をただ見ることしかできなかった神谷は命からがら脱出し、警察を連れて戻るが、恩田親子はすでに姿を消していた。
1年後、心の傷も癒えた神谷は弘子に瓜二つの女優・江川蘭子と交際を始める。しかし恩田は再び姿を現し、蘭子をも毒牙にかけてしまう。神谷が明智小五郎に相談していたことを知った恩田は、明智の妻・文代を次の標的に定める。小林少年や明智をも出し抜き、文代を誘拐したかに見えたが、やはり明智のほうが一枚上手だった。偽の人形をつかまされ、潜伏地が浅草公園であることも突き止められた恩田親子。それでも彼らはまだ、復讐を諦めていなかった。恐るべき人間豹の猟奇的な計画とは…?
「屋根裏の散歩者」に続いての明智小五郎シリーズ。人間離れした身体能力と、冷静かつ狡猾な頭脳を併せ持つ怪人・人間豹の執拗さと不気味さがこれでもかと描かれている。推理要素は薄めで、人間豹のキャラクター性で押し切ったような話だが、そのぶん猟奇性は際立っている。
「押絵と旅する男」ー蜃気楼見物の帰りの汽車で、私は風変わりな老人と出会う。彼は風呂敷から取り出した押絵を窓に立てかけ、外の風景を眺めさせているようだった。押絵には、老人そっくりの男と美しい少女が描かれている。まるで生きているかのように精緻で、男の顔には苦悶の色さえ浮かんでいるように見えた。驚く私に、老人は奇妙な身の上話を語り始める…。
幻想的な絵画奇譚だが、老人の兄の心情を想像すると何とも言えない余韻が残る。純愛であることは確かだろうが、そこに一抹の後悔の念も見て取れるのが生々しい。
「恐ろしき錯誤」-火事で妻を失った北川氏は、かつての恋敵でありライバルでもあった野本氏のもとを訪れる。妻が燃えさかる家の中へ戻っていったのは野本氏の策略によるものだと確信する北川氏は、彼の前で自らの推理をとうとうと語るのだが…。
北川氏が野本氏に詰め寄る場面の緊迫感はなかなかのもの。結末は北川氏の自滅にも近く、ややあっけなさもあるが、真相が最後まではっきりしない点が不気味さを残す。北川氏はいったい何を、どこまで“錯誤”していたのだろうか。
★★★(3.0)
