『箱庭の巡礼者たち』
恒川光太郎/2026年/416ページ
これぞ恒川ワールドの神髄!六つの世界の物語が一つに繋がる一大幻想奇譚。
ある夜、少年は優しい吸血鬼を連れ、竜が棲む王国を出た。祖母の遺志を継ぎ、この世界と繋がる無数の別世界を冒険するために。時空を超えて旅する彼らが出会った不思議な道具「時を跳ぶ時計」、「自我をもつ有機ロボット」、そして「不死の妙薬」。人智を超えた異能(ギフト)がもたらすのは夢のような幸福か、それとも忘れられない痛みか。六つの世界の物語が一つに繋がる一大幻想奇譚。
(Amazon解説文より)
「怪と幽」誌に掲載された6編に、それらを繋ぐ書き下ろし「物語の断片」5編を加えた短編集。主人公も舞台もばらばらな物語たちが、壮大な世界観のもとでひとつに紡がれる――。
「箱の中の王国」-洪水の翌朝、ぼくは奇妙な箱を見つける。その中には王国があり、人々が城や町で暮らす様子を覗き見ることができた。森や山河に棲む竜の存在や王による圧政など、数々のドラマが展開され、見ていて飽きることがなかった。ある日、同級生の絵影久美にそれを見せると、彼女もすっかり王国が気に入ったようだった。それからというもの、ぼくたちはふたりで観察を続けるようになるが、家庭に居場所のない絵影は、箱庭の中で生きることに憧れ始める…。まるで異世界転生ライトノベルの世界を外から眺めているかのようなファンタジー。切なく、それでいて前向きなラストが美しい。
「物語の断片1 吸血鬼の旅立ち」-孤独に生きてきた吸血鬼ルルフェルのもとを訪れた少女、クミ・エカゲ・リングテル。異界の“ニホン”から来たという彼女は、ルルフェルの持つ豊富な知識を世界に伝えたいと語る。そして時は流れ、ルルフェルはエカゲの孫・ミライとともに、別世界へとつながる「大階段」を目指す旅に出る…。
「スズとギンタの銀時計」-大正6年。両親を失った幼い姉弟スズとギンタは、生まれ故郷の炭鉱町を離れて大阪で暮らしていた。カフェで働くスズは、初老の英国人から銀時計のような装置を渡されるが、その直後に男は急死する。その装置は最大50年の時間跳躍が可能な不思議な機械だった。銀時計を使って危機を回避し、効率よく稼いで裕福な生活を手に入れる姉弟。しかし、その時計を使う者のもとには、得体の知れない怪物が近づいてくるという秘密があった…。不思議な道具を巡るファンタジックな話かと思いきや、外見だけで「ヤバい」とわかる異形(後の話では〈黒囃子〉と呼ばれる)の描写が秀逸。収録作中ではもっともホラー色の濃い一編。
「物語の断片2 静物平原」-次元鉄道で旅するルルフェルとミライは、タンガース平原に到着する。そこでは戦争の最中に時間が停止し、30万人の兵士が1000年ものあいだ、その姿のまま留まり続けていた。観光地となった平原を歩くルルフェルは、兵士の鞄の中から銀色の時計を見つける…。
「短時間接着剤」-発明家の海田博士は、「超強力だが7時間で剥がれてしまう接着剤」を開発する。こんなものは役に立たないと落胆する博士に、ファンの少女は「その欠陥が、ユニークで面白いんじゃないですか」と笑う。一方、特殊詐欺グループ幹部の小杉は、金を持ち逃げした新人バイト・若葉を追い詰めていた。若葉の部屋に踏み込んだ小杉は、自分の足がピクリとも動かないことに気づき動揺する…。ひみつ道具めいた珍発明が、闇バイト犯罪と結びつく。キャラクターノベル的な楽しさがある痛快な一編。
「物語の断片3 海田才一郎の朝」-海田博士は自作AIを内蔵したぬいぐるみ・トール君を調整していた。大叔母の絵本作家、カイダスズが書いた「銀時計シリーズ」について尋ねると、トール君は「銀時計は実在し、ルルフェルの手に渡ったのだ」と、誰も知らない物語を語り始めた…。
「洞察者」-“私”こと中松泰助は、圧倒的な記憶力と潜在的プロファイリング能力により、人の未来を直感的に予知する「超洞察」を持つ。ただし的中率は6割で、残り4割は妄想に過ぎない。研究所を抜け出し、アルバイト生活を送っていた私は、町で見かけた男性が通り魔殺人を犯す未来を視る。勇気を出して話しかけた結果、思いがけず親交が深まっていく…。超能力者の苦悩という定番テーマながら、的中率6割という絶妙な“微妙さ”が味わい深い。
「物語の断片4 ファンレター」-かつて「吸血鬼ルルフェル」として冒険していた夢を見るという女性。夢の中でルルフェルが銀時計を手に入れるのを目撃した彼女は、「銀時計シリーズ」の作者・カイダスズにファンレターを書く…。
「ナチュラロイド」-人間型有機ロボット“ナチュラロイド”が労働を担う時代。実質的に彼らが支配する王国では、人間の尊厳を守るため、王位は人間が継ぐ決まりになっている。9歳で即位したナービは、AI内蔵ぬいぐるみのモックや友人ヤタロウと過ごしながら、世界の真実を知っていく。さらには王国の「壁の外」のこと、両親の死に隠された秘密までも…。ロボット支配というこれまたよく見るテーマながら、陰鬱なディストピアではなく、平和で理想的な異世界の雰囲気である。その世界に血なまぐさい“現実”が侵入する展開は、いかにも作者らしい。
「円環の夜叉」-事故で命を落としかけたラルスは、謎の女性・クインフレアにより不老の存在“ロック”へと転生した。ロックの仲間たちと長い時を重ねるうち、彼は隠された真実を知る。この世界は8000年周期で滅びと再生を繰り返しているのだ。不老だが不死ではないロックも、滅亡の運命からは逃れられないという…。寿命という枷から解放されても、運命の檻からは逃れられない人々の宿命を描く一代記。滅び、継承、永遠、再生。そのすべてに美しさが宿る。中編とは思えぬスケールの逸品である。
「物語の断片5 最果てから未知へ」-そして、旅は続いていく。
ホラーとは言い難いが、優しくもシビアな「恒川ワールド」を存分に堪能できる。あくまで短編集であり、個々の作品の繋がり自体は緩めではあるが、読みごたえはじゅうぶん。あらゆる人のノスタルジーを刺激する、“物語の原型”のような恒川作品の世界観。その核となる部分を垣間見られたような読後感が残る。
★★★★(4.0)

