『粘膜戦士』
飴村行/2012年/304ページ
占領下の東南アジアの小国ナムールで、大佐から究極の命令を下された軍曹。抗日ゲリラ、ルミン・シルタと交戦中、重傷を負い人体改造された帰還兵。複雑な家庭事情を抱え想像を絶する悲劇に見舞われる爬虫人好きの無垢な少年。陸軍省の機密書類を盗み出そうとして捕らわれた2人の抗日分子。そして安住の地を求めて山奥に辿り着いた脱走兵……。戦時下で起こる不可思議な事件。目眩く謎と恐怖が迫る、奇跡のミステリ・ホラー!
(「BOOK」データベースより)
「鉄血」ー戦地・ナムールに来て半年になる丸森清軍曹は、金光源三郎大佐の部屋に呼び出される。丸森を“ベカやん”とあだ名で親しげに呼び、好待遇をちらつかせる大佐は、その代償として丸森を性のはけ口にしようとする。多少の「作業」さえ我慢すれば、大佐のお気に入りとして悠々自適に過ごせるはずだと考える丸森。機嫌を良くした大佐は、自らの精力と若々しさの秘密を語り始めるが、やがて丸森は、大佐がすでに正気を失っていること、そして自分自身がいつの間にか生命の危機に晒されていることを悟る…。『粘膜人間』に登場した“ベカやん”の兵役時代を描く一編。本編でも垣間見せていた、彼の神がかり的な直感についても語られるが、末路を知る読者はなんとも言えない気分にさせられるはず。
「肉弾」ー俊夫の兄・戸田繁之が、ナムールから帰還した。前代未聞の七階級特進を果たした少尉として、改造手術を施された機動斥候兵「機斥・三型改」として――。人間味を失い、変わり果てた兄の姿に俊夫は戸惑うが、町の人々は名誉の負傷兵として繁之をもてはやす。しかし、パレード警備中に起きた事故で頭部を損傷した繁之は大醜態を晒してしまい…。戦地から帰還した家族が別人のようになっていたという、戦争ものではオーソドックスな題材を「粘膜」流に料理した秀作。英雄だった兄が、一転して疎まれる存在へと転落していく様と、きれいな着地を決して許さない意地の悪いラストが印象的。
「柘榴」ー昭は陸軍士官学校の教授である父と、祖父母の4人で暮らしていた。しかし祖父は、身体が石のように硬化していく「石化筋態症」という奇病に侵され、祖母が介護にあたっていた。ある夜、昭は亡き母が庭の柘榴の木の下に立っている夢を見る。目を覚ますと、どこからか風のような、笛のような音が聞こえてきた。ふと庭を覗いた昭は、黒い頭巾を被った男が庭で体操をしている姿を目撃する。なぜ見知らぬ男が、深夜に人の家の庭で体操をしているのか。次々と起こる不可解な出来事は、昭の家に隠されていたある秘密を暴き出していく…。ミステリ色の強い一編で、終盤に明かされる真実のおぞましさはいかにも作者らしい。ただし、「いくらなんでもそこまでぶっちゃけないだろ」と突っ込みたくなるようなやり過ぎ感も否めない。
「極光」ー憲兵の松本少佐と清水少尉は、「黒」と判断した相手から必ず情報を引き出す拷問のエキスパート。この日の尋問対象は、陸軍の作戦会議室に侵入していた2人の容疑者だった。意志の強そうな精悍な青年に対し、松本たちは凄惨な拷問を加える。しかし、もうひとりの容疑者である70歳ほどの老人は、呆けた表情のまま一切動揺を見せない。なぜ青年は、足手まといにしかならない老人を連れて侵入したのか。その不可解さを訝しむ松本少佐は、ある可能性に思い至る…。『粘膜人間』『粘膜兄弟』をクロスオーバーさせた一編で、とあるキャラクターの真実の姿が明かされる。とはいえ、かえって謎が深まったような気もするのだが。
「凱旋」ー軍を脱走し内地へ帰還した丸森は、人里離れた山奥に身を潜める。しかし、横たわる爬虫人の死骸に気を取られた瞬間、何者かに襲われて意識を失う。目を覚ました丸森の前に現れたのは、防毒面を被った奇妙ないでたちの男だった……。「鉄血」の後日談にあたり、「粘膜」シリーズの時系列や人物関係を補完してくれる一編。
「粘膜」シリーズの世界観を背景にした短編集で、シリーズファンであれば間違いなく至福の時間を味わえるだろう。「鉄血」「極光」「凱旋」の3編は、チョイ役ながら印象的だったキャラクターたちにさらなる厚みを与えてくれる内容となっているが、前三作を読了していることが前提のような印象は否めない。個人的なベストは「肉弾」で、この設定のまま長編を読みたかったとすら思う出来だった。(とか言っていたら『粘膜大戦』で繫之が大活躍していた。)
★★★☆(3.5)

