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内地も外地も地獄絵図、手を差し伸べるは爬虫人…? 唯一無二過ぎる強烈娯楽作!-『粘膜蜥蜴』

『粘膜蜥蜴』

飴村行/2009年/384ページ

国民学校初等科に通う堀川真樹夫と中沢大吉は、ある時同級生の月ノ森雪麻呂から自宅に招待された。父は町で唯一の病院、月ノ森総合病院の院長であり、権勢を誇る月ノ森家に、2人は畏怖を抱いていた。〈ヘルビノ〉と呼ばれる頭部が蜥蜴の爬虫人に出迎えられた2人は、自宅に併設された病院地下の死体安置所に連れて行かれた。だがそこでは、権力を笠に着た雪麻呂の傍若無人な振る舞いと、凄惨な事件が待ち受けていた……。

(「BOOK」データベースより)

 

 「第壱章 屍体童子」-堀川真樹夫と中沢大吉は、国民学校初等科の同級生。ある日、ふたりは月ノ森総合病院の院長の息子・雪麻呂の自宅に招かれる。雪麻呂の父・大蔵は大富豪にして町の実力者であり、その権力を笠に着る雪麻呂は、傍若無人に振る舞う小さな暴君だった。
 真樹夫と大吉を病院地下の特殊病棟へ案内した雪麻呂は、戦場帰りの精神病患者たちを集めて結成した「特殊作戦班」を得意げに紹介する。しかし作戦班のひとりが起こした“事故”により、大吉は命を落としてしまう。動転した雪麻呂は「大吉の死体を処理しないのなら、お前を殺してやる」と真樹夫に詰め寄る…。

 「第弐章 蜥蜴地獄」-東南アジアのナムールに駐在する真樹夫の兄・堀川美樹夫少尉は、軍部とつながりのある阿片業者・間宮をチャラン村まで護衛する任務を命じられる。だが、反日ゲリラの抵抗に加え、ナムールのジャングルに潜む巨大な肉食ミミズや肉食昆虫といった怪物たちの襲撃、さらには間宮の身勝手な行動も重なり、美樹夫は次々と部下を失っていく。幾多の苦難の末に辿り着いたチャラン村は、すでに爬虫人〈ヘルビノ〉の襲撃によって全滅していた…。

 「第参章 童帝戦慄」-母・千恵子が失踪し、父も部屋に籠りきりとなった今、雪麻呂の身の回りの世話をしているのは、爬虫人の下男・富蔵だけだった。雪麻呂は従姉妹の魅和子に想いを寄せていたが、魅和子は雪麻呂と従兄弟の清輔に勝負を提案し、勝ったほうの許嫁になると宣言する。勝負は代理人同士で行われ、雪麻呂はかつて大吉を惨殺した特殊作戦班の熊野を、清輔は相撲取りを2人殺したという下男・富士丸を立てる。凄惨な死闘の末、雪麻呂は魅和子の許嫁となるが、この出来事をきっかけに、彼の運命は大きく歪んでいく…。

 

 第壱章はあまりにも横暴な同級生に振り回され、虐げられる不幸な少年・真樹夫の受難を描いた短編。第弐章は真樹夫の兄・美樹夫が、架空の国家にして「粘膜」シリーズの重要な舞台、ナムールで地獄絵図に遭遇する戦記物だ。ゲリラとの壮絶な戦闘、怪物だらけのジャングル、ヘルビノの現地人たちとの邂逅など、「あらゆる映画のいちばん面白い部分」だけをパッチワークしたかのような章なので、これがまあやたらと面白い。ラストの第参章は主に雪麻呂の視点で進み、常軌を逸した彼の放蕩生活がたっぷり描かれる。と同時に、姿を消した母・千恵子の行方を追うミステリ的な雰囲気も強くなる。
 特筆すべきは、やはり強烈すぎるキャラクター造形だろう。雪麻呂は薔薇の刺繡を施した学生服に身を包み、象牙の櫛で身だしなみを整えるという、絵に描いたようなドラ息子。金と権力ですべてを思い通りにしてきたロクデナシであり、その無茶苦茶な言動がいちいち面白い。蜥蜴そっくりの容貌を持つヘルビノの下男・富蔵は、雪麻呂の忠実なしもべであると同時に、兵隊に憧れる軍国少年でもある。見た目に反して分別があり冷静で、雪麻呂とのやり取りは時にコントじみている。不運ながらも仲むつまじい兄弟の真樹夫と美樹夫、彼らに輪をかけて不運な大吉といった主要人物に加え、常軌を逸した月ノ森家の人々、死体(ライヘ)愛好家の変態老人・徳一、雪麻呂配下の「特殊作戦班」の面々、悪人ながらも奇妙な“負の魅力”を放つ間宮、美樹夫の有能な部下である坂井と野田など、脇役に至るまで印象が強い。単に癖が強いだけでなく、それぞれが強烈なエゴをもって物語を引っ掻き回すため、彼らの辿る壮絶な運命をジェットコースターのように楽しめる。この作劇の冴えはシリーズ中でも群を抜いていると言っていい。

 シリーズ1作目『粘膜人間』とは一部設定を共有しているものの、物語としては完全に独立しており、前作未読でも問題なく楽しめる。あまりに衝撃的だった前作と比べ、本作はホラーとミステリと戦記物が奇跡のように融合した、隙のないエンターテインメントとして仕上がっている。蜥蜴と戦争と笑いと神秘、すべてが渾然一体となった世界観にどっぷりと浸ってほしい。

★★★★★(5.0)

 

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