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傑作ショートショートと特撮ホラーが白眉。ボリュームたっぷりの恐怖万博開催!-『異形博覧会』

『異形博覧会 怪奇幻想短篇集』

井上雅彦/1994年/512ページ

劇場の幽霊。屍肉を掘り出す少女。孤島を覆いつくす蟹の群れ。仮面の食人鬼。サーカスの機械人形……。SFXを駆使したホラー・ムーヴィーや怪獣映画の洗礼を受けた現代の異色作家による、ビザールでフリーク・アウトな怪奇短篇集。肉体変貌を繰り返す女の愛の行方を描いた「脱ぎ捨てる場所」、行間から恐怖が飛び出す驚異の文体実験「よけいなものが」など、短編&超短編23話を収録。幻想の見世物天幕、恐怖の異形博覧会へようこそ。

(裏表紙解説文より)

 

 異形のマエストロ・井上雅彦が己の趣味と技量を存分に注ぎ込んだ、珠玉の短編23品からなるボリュームたっぷりの博覧会。全六部で構成されており、それぞれ趣向の異なる恐怖が披露される。

 

●第一部 宵闇色の種族 (異形の隣人たち)

 「脱ぎ捨てる場所」-真夜中のフリーウェイで、麻紀は断続的に襲い来る“発作”に耐えつつ車を走らせていた。検問で止められ、警官から「顔が食いちぎられた死体が発見された」と聞かされたときも、なんとか平穏を装うことができた。ようやく家にたどり着き、バスルームに入った彼女は、爆発寸前の古い肉体を脱ぎ捨てる…。有名な都市伝説を二捻り半した純愛ホラー。麻紀の“脱ぎ捨てる”シーンの微に入り細を穿つ描写は、まるで映画のSFXを観ているかのよう。

 「エイプリル・グール」-狭山和之の妻、グロリアが行方不明になっていた。捜査の進展を伝えに来たバルサム巡査部長は、4月1日に行われる町のお祭り「エイプリル・グール」に和之を誘う。隣家のシモンズ邸を訪れた和之と巡査部長に、シモンズ夫人は“掘りたての肉”なるものを振る舞う…。ご存じの方も多いだろうが、グールとは食屍鬼のことである。異国の町のおぞましい奇祭に巻き込まれた男の受難、かと思いきや――? ブラックな味わいのミステリ小品。

 「潮招く祭」-志郎は恋人の美那とともに、蟹漁で有名な故郷の島を訪れた。遊覧船の船長によると、今日は“オマネキの夜”と“オミオクリの夜”が重なる日なのだという。それを聞いた志郎は顔色を変え、美那を連れてきたことを後悔する。彼が島を飛び出して以来、蟹料理に箸をつける気にならないのも、この儀式が原因だったのだ…。あまりにも独創的な造形のモンスターが徘徊する、磯臭き因習村ホラー。

 

●第二部 掌上のカーニバル (ショートショート)

 「四角い魔術師」-子供のころ、私は念じたものが何でも出てくる夢のような自動販売機を知っていた。大人になり、かつて住んでいた町に戻ってきた私は、偶然あの懐かしい自動販売機が解体されようとしている現場を見る。自販機の中から出てきたものとは…。

 「よけいなものが」-夜道を歩きながら、「怪談」について語り合う男女。だが、ふたりの間によけいなものが…。怪奇アンソロジーのマスターピースとも言える、シンプルかつ卓越した逸品。

 「天井桟敷」-天井桟敷を貸し切り、劇場をオペラグラスで眺めている男がいた。だが彼が見ているのは舞台ではなく、観客席で起きるドラマだった…。

 「ロマンチスト」-とあるエリート銀行員が、自分の妻がしがない芸術家に熱烈なファンレターを送っていることを知る。妻は自分を見限るようなロマンチストではないはずだと思いつつ、不安が拭えない彼は探偵を雇って妻の行動を調査させる…。

 

●第三部 アスファルトを這う (都会に潜む怪異)

 「俺たちを消すな!」-新人警官のジェスや、マーウィー巡査部長とともに「地下鉄の落書き魔」を取り締まるためのパトロールに出る。だが彼らが対峙したスプレー・アーチストは、本物そっくりのトリックアートや極彩色の魔方陣で見る者を幻惑する、驚異的な業前の持ち主で…。日本人から見れば異界の風景じみた地下鉄の落書きが、そのまま怪異と化す。都会の魔術的ホラー。

 「魔女の巣箱」-とある駅のコインロッカーの中に《彼女》は潜んでいた。ロッカーを使う者を犠牲にし、手、脚、胸、腰と、復活に必要なパーツを集め続けていたのだ。恐るべき計画を知る由もない阿川秋子は、友人に会う前にショッピングバッグを預けておこうと件のロッカーを開けたとたん、激しい衝撃に吹っ飛ばされる。秋子を間一髪のところで救った奇妙な男は「あいつは必ず叩き潰してやる」と言い残して姿を消す…。コインロッカーに潜む“魔女”が、ターゲットの女性を執拗に追いかけまわすモンスターパニック。そのまま長編になりそうなアイデアである。

 「使者の待つ公園」-浪人生のぼくは、文芸部の後輩・郁子に会うため学園祭を訪れた。存分に学園祭を楽しみ、夜道で帰りにつく彼らの前にチンピラ連中が現れる。ボコボコに殴られ、血まみれになったぼくが目を覚ますと、郁子もチンピラたちもすでにいなかった。郁子を探し、学校にたどり着いたぼくの前に、昼間の学園祭で見かけた奇妙な老人が現れて…。あまりにも予想外過ぎる、とあるヒーローの誕生譚。元ネタ、今となっては知らない人も多そうだ。100年近く前の紙芝居から登場している超古株である。

 

●第四部 天幕の裂け目から (ショートショート)

 「消防車が遅れて」-幼いフレディは消防車が大好きだったが、実物をなかなか見られずにいた。そんな彼が消防車を見るためにとった行動とは…。

 「舞台恐怖症」-とあるアマチュアロックバンドのメンバーが、次々と舞台恐怖症にかかってしまった。リーダーは「何か恐ろしいことが起きるような気がする」と尻込みする彼らを叱咤、プロデビューがかかった大事なステージへと上がるのだが…。

 「レッドキングの復讐」-暗い空間で目を覚ました男。鏡を見ると、彼の身体はウルトラ怪獣「レッドキング」になっていた。何者かの気配を感じ、部屋の隅に向けて尻尾を振るうと、悲鳴をあげて怯える男が現れ…。本書の中でももっとも不可解、かつ幻想的な好編。

 「シネマハウスで遭おう」-ワンマン社長の一声で、新作のターザン映画はダイナメーション(コマ撮りアニメ)を使って撮影することが決定した。だが、主演の俳優が心臓マヒで急死してしまい…。

 「残されていた文字」-雪山で遭難した男が、寒さを紛らわせるために文章を書き続ける。後日、発見された紙に書かれていたその内容とは…。わずか5ページの中に詰め込まれたギミックと技法に惚れ惚れする逸品。

 

●第五部 異形の未来図 (怪奇SF)

 「死霊見物(ゾンビ・ウォッチング)」-連休も終わりに近づいたある日の昼下がり、僕は友人に「死霊見物」に誘われる。怖がりの妻と興味なさげな息子を置いて、ゾンビが出るというデパートの地下生鮮食品売場へと向かうのだが…。コメディじみた異様なシチュエーションだが、とあるSFガジェットの登場でがらりと印象が変わるのが見事。

 「象のいる夜会」-政府の〈大隠蔽〉により、かつて地球上にいた動物たちの存在が失われてしまった未来。昔の映像フィルムを持つ男が、動物たちの映像を上映する夜会を開く。夢の中で何度も「象」と出会っていた少年は、本物の象の姿を見て驚く…。ディストピアな未来でも幻想性を失わない、ロマンあふれる「象」の話。

 「傀儡座」-宇宙で人気の、アンドロイド使いの腹話術師。彼は自分の妻が、同じ舞台に立つ色男の俳優と不貞を働いているという妄想に取りつかれ…。 宇宙のサーカスを舞台にしてはいるものの、中身はまるで江戸川乱歩だったりする。

 「カフェ・ド・メトロ」-森の中の一軒家を出て、カフェ・ド・メトロへと向かう男。店に入ると、すでに先客が“山手線”を飲んでいた。男が“丸ノ内線”を注文すると、グラスになみなみと注がれた“丸ノ内線”が出され…。都会への郷愁を「コップの中の路線」として描写するセンスがこの作者らしい。

 

●第六部 触手の狙うもの (モンスターの饗宴)

 「おどろ湯の事件」-法律事務所の調査員・直也は、かつて住んでいた「木馬通り商店街」で行方不明になった前任者を探すため、家族ともども商店街へと引っ越す。街はかつての雰囲気を残したままで、幼少のころの直也が「おどろ湯」と呼んでいた銭湯・大伴湯も健在だった。調査を進めるうち、直也は「おどろ湯」にまつわる忌まわしい記憶を思い返すようになる…。昭和ノスタルジックな情景と、グロテスクな怪物が渾然となった異形短編。

 「十月の動物園」-会社員の貴之は、自分が少しずつ幼児退行していることに気づく。コーヒーやタバコが苦手になり、難しい漢字や文章が書けなくなり、子どものころのトラウマも鮮明に思い出してしまう。困り果てた貴之は、知人の精神科医に逆行催眠をかけてもらうことにするが…。奇妙な思い出に引っ張られるかのように、子供時代へと誘われる男の話。20年前の動物園で、彼を待つのは郷愁だけではなく…。

 「とうにハロウィーンを過ぎて」-新作のホラームービーを撮ることにした映画サークルの面々。この街の墓地に眠る呪われし映画監督、ビリイ・ファーブルを題材にし、“人狼の仮面をつけた、複眼と翼を持つゾンビ”という悪夢のようなモンスターを登場させることにした。怪物役の俳優・オマイリーは、綿密な演技指導と入念なメイクを施される。だが、怪物になりきってしまったオマイリーが凶行に及んでしまい…。作者のジャンルムービー愛がストレートに発揮された一作。

 「海魔(クラーケン)の吼える夜」-良平と涼子は、カレッジ留学時代の親友であるジョー・アユムラ海軍中尉が航海中に行方不明になったと聞き、フリゲート艦で彼が姿を消した海域へ向かっていた。その頃、深海から牙を剥いた「何物か」がフリゲート艦めざして浮上しようとしていた…。これまたお約束のような海洋パニック+バイオホラーだが、登場する「クラーケン」の正体がかなり独特。

 

 まさに展覧会のごとく、作者が“自慢の品々”を並べているさまを満喫でき、ファンとして存分に楽しませてもらった。ショートショート「よけいなものが」はもはや説明不要だが、「残されていた文字」もまた素晴らしい。映像化不可能の傑作である。「レッドキングの復讐」も、単なる怪獣マニアの二次創作に終わらない異様極まりない作品で印象深い。「エイプリル・グール」や「俺たちを消すな!」といった、海外モダンホラーの雰囲気を完璧に再現した短編にも感心する。

★★★★☆(4.5)

 

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