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河童が嗤い怪童が吼える夜、人体も良識もどろりと溶ける。残酷無惨な異常傑作!-『粘膜人間』

『粘膜人間』

飴村行/2008年/272ページ

「弟を殺そう」――身長195cm、体重105kgという異形な巨体を持つ小学生の雷太。その暴力に脅える長兄の利一と次兄の祐二は、弟の殺害を計画した。だが圧倒的な体力差に為すすべもない二人は、父親までも蹂躙されるにいたり、村のはずれに棲むある男たちに依頼することにした。グロテスクな容貌を持つ彼らは何者なのか? そして待ち受ける凄絶な運命とは……。第15回日本ホラー小説大賞長編賞を受賞した衝撃の問題作。

(裏表紙解説文より)

 

 舞台は戦時中と思しき田舎の村。河童をはじめとする妖怪が人々と交流する、一見ほのぼのとした世界観。だがそこで描かれるのは、鮮血と猛毒と精液にまみれた無惨極まりない虐殺絵巻である。

 

 「第壱章 殺戮遊戯」-溝口利一と裕二の兄弟は、腹違いの弟・雷太を殺すことに決めた。だが、身長195cm・体重105kgという小学生離れした巨躯を持つ雷太に、真正面から立ち向かうことはとてもできない。2人は流れ者の「ベカやん」の紹介で、村の沼に住み着く河童のモモ太、ジッ太、ズッ太の兄弟と交渉し、雷太の殺害計画を練る。モモ太は見返りとして「村の女と性交させろ」と要求。祐二はやむを得ず、非国民として村八分にされている成瀬清美の名前を出す。そして迎えた計画実行の日。河童たちを信用しきれていなかった裕二は嫌な胸騒ぎを覚えるが、その予感は的中してしまい…。

 「第弐章 虐殺幻視」-兄の幸彦が兵役を逃れて恋人と駆け落ちしてしまったため、成瀬清美とその両親は非国民扱いとなった。両親は特別収容所へ、清美は「髑髏」と呼ばれる新薬による精神的な拷問を受ける。髑髏を注入されると「自分が虐殺される幻覚」を極めて生々しく、リアルに体験するのだ。凄惨な拷問の末、感情を摩耗させられた清美は、すでに正常な判断力を失っていた。今なら清美を意のままにできると考えた裕二は、彼女を手籠めにするため成瀬家に向かう…。

 「第参章 怪童彷徨」-目を覚ました雷太は、自分が何者なのかという記憶を失っていた。姿を消したジッ太とズッ太の行方を探すモモ太は、血の匂いをまとった雷太と出会い、彼の記憶を取り戻せば弟たちの行方も分かるに違いないと考える。河童たちが崇める怪異・キチタロウによれば、子供の脳味噌があれば雷太の記憶を取り戻せるのだという。脳味噌を求め、2人はベカやんから奪った銃を携えて村へ向かう。「溝口家 忌中」と書かれた張り紙を見つけた雷太とモモ太は、その家で新鮮な脳味噌を手に入れた…。

 

 精神的にも肉体的にもグロテスクな描写が特盛の、赤黒い幻想小説。第弐章で淡々と描かれる「無惨な死」の壮絶ぶりは、角川ホラー文庫の全作品の中でもトップクラスの残虐さと言っていいだろう。だが、本作の魅力はそうしたグロ描写だけではない。ノスタルジックで幻想的な舞台。負の輝きを放つキャラクターたち。ホラー一辺倒にならず、時にはミステリ、時にはコメディと揺れ動きながらも、あくまでエンタテインメントに徹した展開。それらが渾然一体となり、奇跡のようなグルーヴ感を生んでいるのだ。

 登場するのは皆どこかが歪んだ、真っ当でない人物ばかり。暴力性の塊ながら、小学生らしい純粋さも残る雷太。どこまでも卑小な利一と裕二。表面的には人の好さを見せつつ、根本では信用ならない臭いを漂わせるベカやん。好き嫌いは別としても、キャラクターとして非常に強烈だ。人外の面々もヒト以上に個性的で、異形にて万能の存在・キチタロウに毒猫といった妖怪だかなんだかわからない奴らもいるが、やはり印象的なのは河童たちである。彼らは倫理感がなく刹那的、間抜けなようでいて妙に鋭いところを見せたりする。愛嬌はあっても根本的に人間とは相容れない種族として描かれており、そのリアルさが際立つ。

 こうしたクセだらけのキャラクターが、戦時中というモラルも人権も欠落した時代背景に放り込まれ、衝動と性欲と加虐心のままに終始暴走していくのだ。面白くないわけがない。“弱者”の側であった人物が一転して加害者になり、圧倒的フィジカルや国家権力などを笠に着る強者も逆襲を受けたりする。そこに善悪や正邪の区別はなく、エゴの強いものが生き残る。とある2人の死闘が始まる“予感”を漂わせて終わる、ラスト2ページのなんと血踊ることか。本書の持つ昏くギラついた輝きは、今後も読者を捉えて離さないだろう。

★★★★★(5.0)

 

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