『身から出た闇』
原浩/2025年/320ページ
これは私が、角川ホラー文庫編集部から依頼を受けた連作短編集です。駆け出しの私に依頼が来るだけありがたく、最初は喜んで引き受けた作品でした。しかし、短編を提出するごとに、担当編集の休職が発生している以上、これを刊行するという編集部の判断が、正しいのか分かりません。
※このあらすじは、原浩氏の強硬な主張により、挿入されたものです。編集部の意図とは相違があります。本作は、あなたが望んでいる作品です。
(「BOOK」データベースより)
角川ホラー文庫の編集者との打ち合わせで、次は書き下ろし短篇集を刊行することになった著者。最初の1本として依頼されたのは「読者にとって日常でありつつも、目新しい題材」というもの。著者はまだ知らなかった。もしこの企画を引き受けていなければ、現在の状況はまったく違うものになっていただろうということを…。
「トゥルージー」-1日1度、ランダムな時間に通知が届き、2分以内に写真を投稿しなければならないSNSアプリ「トゥルージー」が大流行。佳代子、亜美、遥、玲奈、夏希の仲良し5人組も夢中になっていた。ところが飽きっぽい遥が「そろそろやめようかな」と言い出し、亜美と口論に。翌日、遥以外の4人が投稿する中、グループに真っ黒なアイコンの謎のユーザーが現れる…。
SNSを通じた絆が「死」すらも共有してしまうという、スタンダードな怪談。名前は違うけどまんま「ビーリアル」だねこれは。SNSホラー自体はもはや珍しくないが、この題材は確かに新鮮で目新しく映った。
「裏の橋を渡る」-幼いころ、弟を事故で亡くした晴美。用水路の橋の上に置いてきた弟が足を滑らせ、帰らぬ人になったという記憶が大学生になった今も彼女を苛んでいた。そして今も彼女は、橋の裏側に潜む“何か”の存在を感じ続けている。それはかつて曽祖父が語った「橋から落とそうとするやつ」なのか…。
橋の裏側で待ち構えている怪異…という、いかにも“いそう”な雰囲気がよい。ジュブナイルのような爽やかさと、死の間際まで終わることのない恐怖というホラーの真髄が同居した佳品。
「らくがき」-登山に出かけた妻が消息を絶って数日。勤め先の会長でもある義父は僕を呼びつけ、「残念だが君の妻は、もう死んでいる」と告げた。そして、会長は自らの過去を語り始める。彼にはこれから死ぬ人間の名前が書かれた、“死者の名簿”を見ることができるのだという…。
街のらくがきに書かれた名前が、実は死者の名前だったとしたら…という怪談。主人公が抱えている秘密には早々に感づけるし、彼が見舞われた“呪い”も少々ピンと来ないものだったので個人的な恐怖度は薄め。ただ前の2作と同じく、日常の風景を恐怖と結びつける手腕は見事なもの。
「『籠の中』執筆に関わる一連の出来事」-「エレベーターの中で犠牲者を待ち受ける怪異」というプロットをもとに、著者は角川ホラー文庫編集部と意見交換しつつ原稿を進めていく。だがやり取りを続けるうち、編集者からのメールに異変が起きはじめ…。
短編が書き上げられていく過程そのものを題材にしたメタホラー。作中作「籠の中」は“神主からもらったお守りで怪異を退けた”という内容でちょっとベタ過ぎる気がしなくもないが、これもまた日常という凪で息を潜める「闇」の話である。
「828の1」-老人ホームに入居中の母は、時折「はち、にぃ、はち、の、いち」という謎の数字を呟いていた。母によると、先月急死した入居者も同じ言葉を口にしていたという。「828の1」とは、いったい何を意味するのか。出張の帰りに実家付近を訪れた私は、偶然その正体を知ってしまう。そして、それが示す恐るべき運命も…。
ミステリ的趣向を帯びつつも、結末は純然たるホラー。828の1の謎自体はたわいないものなのだが、その「先」に待ち受けるものが非常に恐ろしい。本書のクライマックスにふさわしい一編。
「角川ホラー文庫」-「籠の中」執筆中断後に書きあげた「828の1」は、本書より先に『潰える 最恐の書き下ろしアンソロジー』に収録され、好評を博した。1冊分の短編を書き上げたものの、著者の胸には得体の知れない恐怖が残る。そして彼は編集者に打ち明ける──「これまで私が書いた短編は、本当に“小説”なのでしょうか」と。
本書の序章と終章、そして幕間の編集者との打ち合わせからなる枠物語。角川ホラー文庫がなぜ、30年以上も続いてきたのか。その答えがここにある。
★★★(3.0)

