『狐花 葉不見冥府路行(はもみずにあのよのみちゆき)』
京極夏彦/2024年/272ページ
美しき死人は誰が為に現れたのか。
作事奉行の娘・雪乃の前に現れた、この世のものとは思えない美しさを持つ萩之介。彼岸花の着物を纏う彼は、”この世に居る筈のない男”だった。この幽霊騒動を知った雪乃の父・上月監物は、過去の因縁と関わりがあるのではないかと疑うが……。絡まりあった謎を解きほぐすため、武蔵晴明神社の宮守・中禪寺洲齋が”憑き物落とし”へと乗り出す。京極堂の曾祖父が相対する、悲しい真実とは――。角川ホラー文庫30周年を記念したプレミア版が登場!
(Amazon解説文より)
作事奉行・上月監物の娘である雪乃は、彼岸花の着物をまとう美しい男・萩之介に執心していた。だがお付の女中・お松は萩之介の持つ魔性の美しさに恐れすら感じていた。同じく雪乃のお付であるお葉は、萩之介が姿を現してからなぜか病に伏せ、死人のように衰えてしまう。
病の床にあるお葉は「最期に源兵衛の娘の登紀、棠蔵の娘の実祢に会いたい」と告げる。この3人の娘たちになにか関連があるのか? 上月監物は材木問屋の近江屋源兵衛、口入屋の辰巳屋棠蔵の両人を呼び寄せる。彼らと上月家の用人・的場佐平次を加えた4人は、誰にも明かすことのできないある秘密の関係性にあったのだ。お葉、登紀、実祢の会合を盗み聞きしていた的場から、とうに死んだはずの萩之介なる人物の話を聞いた監物は、萩之介こそが彼らの秘密を知る者ではないかと疑う。
萩之介は雪乃だけでなく登紀、実祢の前にも姿を現した。そして起こる殺人、大火事、残される彼岸花…。萩之介は生きた人間ではないのでは? 的場はあらゆる憑き物を落とすという宮守、中禪寺洲齋を監物の屋敷へと呼び寄せる…。
京極夏彦の作家デビュー30周年を記念して書き下ろされた、新作歌舞伎の原作を文庫化。単行本発売から5か月というスピード刊行である。角川文庫では多数の著作がある京極夏彦だが、角川ホラー文庫作品は本作が初。表紙・背表紙・裏表紙が彼岸花を想起させる「赤」でデザインされているのに加え、初版には特製しおり付きというなんとも贅沢な仕様である。
基が歌舞伎の脚本ゆえか、セリフの占める比重が大きめ。ぜひ頭の中でセリフを黙読しながら読んでほしい。クライマックス前の展開を冒頭のエピソード「死人花」に持ってくる粋な構成、幽霊騒動を理屈でズバズバ切っていく痛快さ、非道を尽くした悪徳奉行や悪徳商人が成敗されるカタルシス、「そんなにも?」と呆気に取られるほどの‟縁”が明かされるラストの展開、どこを取っても隙のない大安心の1冊。著者の「百鬼夜行」シリーズに登場する京極堂こと中禅寺秋彦の曽祖父・中禪寺洲齋が活躍する話だが、前知識はまったく必要ない。本書で初めて京極夏彦に触れる、という人でも問題ないだろう。
★★★★(4.0)