『首吊少女亭』
北原尚彦/2010年/332ページ
英国留学中に、ネス湖へのツアーを申し込んだ女子大生の私。だが、参加者は日本人の私ひとり。ガイドが運転する車でネス湖へ向かうと、道路沿いに小さなパブが建っている。看板には「The Hanging Girl」と奇妙な名前がついている。ヴィクトリア朝時代に起きた少女の首吊り自殺に由来があるというが…。-表題作「首吊少女亭」19世紀末、帝都ロンドンを舞台に、怪奇と幻想で織りなされる珠玉のヴィクトリアン・ホラー。
(「BOOK」データベースより)
「異形コレクション」シリーズの収録作を中心とした、ヴィクトリア朝時代のロンドンを舞台にした短編集。もとはふしぎ文学館で刊行されていたものの文庫化となる。ゴシック的な格調高いホラーを想像するかもしれないが、華やかな一面だけでなく猥雑で貧困にまみれた市井の人々の生活もしっかり描いているのが印象深い。
「眷属」(異形コレクションX『時間怪談』収録)-自らの容姿にコンプレックスを持つ青年が、ふとしたきっかけで時空を越え19世紀末のロンドンに迷い込んでしまう。行くあてもない彼は、忌まわしき祖先の住む家へと足を向ける。その正体とは…。
「下水道」(異形コレクションXⅡ『GOD』収録)-ロンドンの下水道で‟浚い屋”をやっているディックは、同業者のジョウが不思議な金属の塊を手にしているのを見る。ジョウは溝の中に棲む「さらいやのかみさま」がそれを授けてくれたのだと言うが…。そうなるんだろうなと途中で想像した通りのオチになるので驚きはなく、ホラー映画の冒頭みたいな話だが雰囲気は抜群。‟神様”の生態も実によい。
「新人審査」(異形コレクションXⅢ『俳優』収録)-舞台女優の夢破れ、娼婦と日々を暮らしているミランダ。夢は捨てがたく、‟仕事”のかたわら劇場通いも続けていたが、そんな彼女が得た、一世一代の飛び入り演技の機会とは?
「人造令嬢」(異形コレクションXⅦ『ロボットの夜』収録)-マウエルシュタイン博士が、社交場に娘のスワルニダを連れてくるようになった。彼女はどう見ても18、19で、男やもめの博士にそんな大きな娘がいるはずがない。博士の昔からの知り合いであるマシアスは、スワルニダが「人造令嬢」であることを聞かされるのだが…。フランケンシュタインさながらの物語が、後半でもうひとつの‟モンスター”の活躍にシフトする。
「貯金箱」(異形コレクションXX『玩具館』収録)-子供ながらお金づかいの荒いアンドリュー坊ちゃんのため、御主人様は機械仕掛けの貯金箱を古道具屋で手に入れてきた。お金を入れてハンドルを回すと、音楽とともに天使の人形がダンスを踊るすてきな貯金箱だった…。ほほえましい光景が思いもよらないラストを迎える、本書の中でも特にショッキングな一編。
「凶刃」(『血の12幻想』収録)-ポケットのナイフを弄びつつ、娼婦たちに近づき切り刻む連続殺人鬼の独白。あまりにもおなじみ過ぎる「切り裂きジャック」の話だが、ジャックはもちろん、その凶器もまた曰く付きのものであった…。
「活人画」(『エロティシズム12幻想』収録)-ミュージック・ホールで行われる‟活人画”に夢中の男。デリラ、処女マリア、オフィーリア、ヴィーナス…さまざまな活人画で主役を演じるダフニ嬢は、特に男のお気に入りだった。いつものように活人画を堪能したある晩、男は意を決してダフニ嬢を誘うのだが…。
「火星人秘録」(単行本版書き下ろし)-火星からの侵略者を辛くも退けた地球。鳥の巣売りの小汚いおっさんは「自分こそが地球を救った英雄である」と自称するのだが…。H・G・ウェルズの『宇宙戦争』の裏で起きていた、なんとも感想を述べにくい真実を暴くトンデモSF。
「遺棄船」(異形コレクションXⅧ『幽霊船』収録)-自分の強い感情が、近くにいる誰かに増幅して伝わってしまうという体質の男。彼が欲しいものは隣にいた客に買われ、告白しようとすれば出し抜かれ、殺意を抱けば別の誰かが殺してしまう。そんな奇妙な運命の男が乗り込んだ船、その名はマリー・セレスト号…。
「怪人撥条足男」(『平成都市伝説』収録)-ロンドンを騒がせる都市伝説の怪人、‟ばね足ジャック”の恐るべき所業を虚実交えて描く。本書だからこそ活きるオチ…いや読めるオチか?
「愛書家倶楽部」(異形コレクションXXX『蒐集家』収録)-愛書家の伯父が亡くなった。叔父の持つ稀覯本が‟愛書家倶楽部”なる団体に寄贈されると聞き、古書マニアの主人公は居ても立っても居られず、倶楽部へと乗り込む。だがそこは単なる同好の士の集まりではなく…。
「首吊少女亭」(異形コレクションXXⅣ『酒の夜語り』収録)-ネス湖を観光した帰り、日本の女子大生である「私」は案内役のタクシードライバーに連れられて地元のパブへやってきた。首吊少女亭という奇妙な名前のそのパブに伝わる逸話を、芳醇なエールとともに楽しむ私だったが…。
全体的に展開が素直というか、予想の範疇で終わってしまう話が多い印象。雰囲気は抜群に出ており、ページ数を考えれば物足りないというわけでもないのだが、もうひと捻りを読みたかった気もする。予想外の展開を見せてくれる「貯金箱」「火星人秘録」、ロンドンの暗部と穢れた神という組み合わせがたまらない「下水道」辺りは大変好みだった。
★★★☆(3.5)