『亀裂』
阿刀田高、高橋克彦、荒俣宏、景山民夫、鈴木光司、綾辻行人、山崎洋子/1993年/268ページ
日常生活の裂け目に潜む極限の恐怖。現代ホラー小説の一つの到達点を示す七人の作家による七つの物語。
(「BOOK」データベースより)
「野生時代」に掲載された単行本未収録(当時)作品を集めたアンソロジー。全作品に1、2点のイラストが付いており、そちらも宇野亜喜良や門坂流などなかなかの顔ぶれである。
阿刀田高「知らないクラスメート」-短大の卒業から17年目のクラス会。顔ぶれに懐かしさを感じながらも、昭子は壁際にひとり佇む灰色のワンピースを着た女性が気になっていた。あんな同級生がいただろうか。落第して同学年になった上級生だろうか? 場の話題が、遅刻常習者で今日もクラス会に遅れている二宮の話題になったとき、灰色ワンピースの女が初めて口を開く。「二宮さんは死にました」——。リアリティあふれる描写が積み重なる雰囲気ある一遍だが、怪談としてはオーソドックス過ぎてやや物足りなさもある。
高橋克彦「大好きな姉」-父が亡くなったという報せを受け、私は久しぶりに実家の松江へと帰省した。出迎えてくれたのは義姉の〈サキ姉〉ことサキコ姉さんだった。サキ姉が左眼に付けた眼帯を見るたび、私は自責の念に苛まれた。大好きだったサキ姉の片目を潰したのは、幼いころの私なのだ…。性へ赤裸々な興味を抱く思春期の生々しさ、急転直下の鮮やかなオチが印象的な一作。
荒俣宏「シム・フースイ」-風水コンサルタントの黒田龍人は、新空港建設を推進する団体の依頼を受け、助手の有吉ミヅチを連れて石垣島へと到着した。一泊するホテルでシミュレーションソフト〈シム・フースイ〉を立ち上げた黒田は、邪気を遮るものがいっさい無い亀裂を見て顔を曇らせる。そこは彼らが昼間に訪れ、奇妙な木偶人形を拾った砂浜であった。その頃、ミヅチは手にした木偶人形に導かれるかのようにして海へと向かっていた…。「シム・フースイ」シリーズのプロトタイプ的作品で、『二色人の夜 シム・フースイversion2.0』の一部分は本作がほぼそのまま流用されている。
景山民夫「ミッドナイト・ラン」-真夜中、時おり眠気に襲われながらも、東京に向けポルシェを走らせる男。渋滞の高速道路を降り国道を走っていたはずが、いつの間にやら迷ってしまったらしい。霧に囲まれる中、車が故障したというセールスマンを拾ってやり、彼の道案内のまま走り続ける。たわいない会話を続けていた2人だが、男はセールスマンの妙な点に気づき…。とある時期以降の景山民夫作品は“宗教観”がノイズ過ぎて読むに堪えないのだが、本作にその心配はない。バブル景気フルスロットルの軽妙な会話が楽しい一作だが、オチはあまりにも陳腐である。
鈴木光司「浮遊する水」-映画『仄暗い水の底から』の原作であり、のちに同名の短編集や、『影牢 現代ホラー小説傑作集』にも収録されている。姿を見せない怪異、それに巻き込まれた母子の心情の描き方が見事で、日本ホラー短編のマスターピースと言っても過言ではない。
綾辻行人「再生」-私の妻、由伊には常人とは異なる点があった。それは圧倒的な「再生力」を持つこと。指を怪我しても、腕が潰れても、脚を切り落とされても、彼女の身体からは新しい部位が生えてくるのだという…。シンプル極まりない筋立てとオチの物語の中に人間の“業”をこれでもかとばかりに詰め込んだ逸品。後に『再生 角川ホラー文庫ベストセレクション』で表題作として収録された。
山崎洋子「備えあれば憂いなし」-自分の美肌だけが自慢の女性が、論理不明の美肌銀行なるものに「肌年齢」を貯蓄する話。将来のために十年満期の肌年齢を貯蓄するが、恋人に「最近、肌がくたびれてるね」と言われて憤慨。貯蓄を解約しようとするも「満期契約だからそれはできない」と言われてしまい…。『笑ゥせぇするまん』や『Y氏の隣人』のような風刺ブラックコメディだが、肌年齢を貯蓄するという概念がだいぶ謎。
「浮遊する水」「再生」の2編は一線を画す出来だが、この2編は今でも読むのは比較的容易である。イラストに興味があるのでなければ、わざわざ本書で読まなくてもという気はする。
★★★(3.0)