『異常快楽殺人』
平山夢明/1999年/324ページ
昼はピエロに扮装して子供たちを喜ばせながら、夜は少年を次々に襲う青年実業家。殺した中年女性の人体を弄び、厳しかった母への愛憎を募らせる男。抑えがたい欲望のままに360人を殺し、現在厳戒棟の中で神に祈り続ける死刑囚…。無意識の深淵を覗き込み、果てることない欲望を膨らませ、永遠に満たされぬままその闇に飲み込まれてしまった男たち。実在の大量殺人者七人の究極の欲望を暴き、その姿を通して人間の精神に刻み込まれた禁断の領域を探った、衝撃のノンフィクション。
(「BOOK」データベースより)
全編が腐肉と精液にまみれた死で埋め尽くされた強烈な一冊。時には報告書のように淡々と、時にはサスペンス小説のように煽情的に、大量殺人鬼7人の「すべて」を描くノンフィクションである。
登場するのは『サイコ』『悪魔のいけにえ』等の映画にも多大な影響を与えた「人体標本を作る男 エドワード・ゲイン」、400人の子供を殺害してその肉を喰らった米国史上最高齢の死刑囚「殺人狂のサンタクロース アルバート・フィッシュ」、『羊たちの沈黙』のレクター博士のモデルである「厳戒棟の特別捜査官 ヘンリー・リー・ルーカス」、ベトナム戦争の悪夢と子供の頃に受けた虐待の記憶が入り交ざり、最悪の形で発露した男「ベトナム戦は終わらない アーサー・シャウクロス」、旧体制が事態を悪化させたソ連最悪の殺人鬼「赤い切り裂き魔 アンドレイ・チカチロ」、キングの『IT』に登場したキラー・クラウンのモデル「少年を愛した殺人ピエロ ジョン・ウェイン・ゲーシー」、秀麗眉目なミルウォーキーの食人鬼こと「人肉を主食とした美青年 ジェフリー・ダーマー」の7人。「けっきょく人間がいちばん怖い」みたいな言葉はあまり好きではないのだが、この7人が人類史上最悪の殺人鬼であることは間違いなく、つまり「世界でもっとも怖い人間」を描いた本書は「世界でもっとも怖い本」と言えるだろう。
「それはさすがに単純すぎるだろ」と言われるかもしれないが、人体損壊、死体凌辱、人肉食のオンパレードである本書はグロテスク描写に耐性の無い人にとっては本当にキツいと思う。普段は手足が吹き飛んで血がピューピュー飛び出る映画をゲラゲラ笑いながら観ている私でも、本書を読み進めていくうちに脳の一部がズンと重く、鈍くなっていくような感覚を覚え、自分の中のなにか「人として大切な部分」が摩耗してしまったのではないかという恐怖を感じた。読み終える前の自分には二度と戻れなくなってしまったような。
まず冒頭のエド・ゲインの章では、彼がいかにして解体した人間を材料に家具や衣服を作ったのか、その手順が事細かに記される。頭部から手際よく皮膚を剥ぎ取り、良質な脂肪である脳を使って皮をなめし…という描写が延々と続き、すでにこの時点で脳内の「情景を再現するスイッチ」をオフにしておかないと嘔吐必至である。その後も少年少女を凌辱し、生きたまま解体し、家畜と同じように処理していく連中が次々と現れる。あとがきにも書かれているが、登場する殺人鬼のほぼ全員が「子供の頃に虐待された経験を持つ」ことに気づくと暗澹たる思いに囚われてしまう。愛情を与えられなかった人間による負の連鎖。それにしたって、ここまで? 人間はここまで化け物になれるものなのだろうか?
おそらく、50名以上の犠牲者の名前とその無惨極まる最期を克明に記したチカチロの章の辺りで、読むほうも完全にマヒしてしまうと思われる。もう勘弁してくれと思いつつも、ページをめくる手は止まらない。もはや拷問に近い。ずさんな科学捜査でたびたび難を逃れるチカチロの悪運の強さもあって、いろいろと絶望的な気分になる。この章を乗り越えれば、犯罪ドキュメントさながらのゲーシーの章などは呆けた顔でスイスイ読めるはずだ。
猟奇殺人鬼にスポットを当てたノンフィクションは少なくないが、入門編として最適であると同時に最悪の本である。こうまで知りたくもない事実ばかり描かれたノンフィクションというのも珍しいのではないか。
★★★★★★★(outstanding)