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主婦の孤独に付け入る心霊現象フルコース。ひたすら哀れな主人公に気が滅入る-『家』

『家』

栗本薫/1993年/271ページ

結婚して二十五年、規子は夢にまでみたマイホームを手に入れた。ところが引っ越したその時から、次々と家の中で奇妙な事が起こり始めるー。昼間の孤独な彼女を襲う妄想、怪しい出来事、物音…。家族たちも取り合ってはくれない日常的でささいな出来事。すべては偶然か、それとも神の手か。やがて彼女の前に暴き出される夫の、娘の、最愛の息子の真実の貌とは…。新築の分譲住宅を舞台に、〈家族〉の恐怖を描く長編小説。

(「BOOK」データベースより)

 

 自らの憧れと妄執の結晶であった、念願のマイホームを手に入れた規子。自然豊かとは言え辺鄙な場所であり、通勤・通学時間が大幅に伸びてしまった夫の勲、長女の真佐子は不満げだったが、これも病弱な息子・忍のためと割り切っていた。

 だが引っ越しして間もなく、規子の周りでは奇妙な出来事が次々と起こる。消したはずのテレビや電気が、いつの間にか付いている。目の前をよぎる何物かの影。無言電話にインターホンのいたずら。とどめとばかりに金縛り、目の前には仮面のような恐ろしい顔の幻覚まで…。喜びもつかの間、どうやら自分の周りにばかり起きているらしい怪奇現象の数々に不安を募らせる規子だったが、「別にお化けがいたところで、折り合いをつけてやればいい。怪奇現象も‟そういう現象”だと捉えておけば何も恐れることはない」と、前向きに考えはじめる。気に病むことを止め、肉親や友人を家に呼んだり、パートを探したりと新生活を楽しむことにした規子。彼女が面前の問題から目を逸らし続けている間、‟それ”は取り返しのつかない時点まで進行していた…。

 

 ホラー小説と銘打った最初の栗本薫作品(たぶん)。角川ホラー文庫初期の家ホラーと言えば『墓地を見おろす家』が有名だが、こちらの『家』も傑作である。

 主人公の規子は少しばかり、というかけっこう独善的な人物として描かれているが、基本的には等身大かつ平凡な女性である。「マイホームを持ちたい」というただ一つの夢を叶えた彼女が感じたのは、充足感ではなく圧倒的な孤独だった。自分が目をつぶってきた家族の真実が、逃れられない過去が、正体不明の悪意が、いっせいに規子に向かって牙を剝く。前向きに生きようとする意志すらも裏目に出てしまう恐ろしさ。心霊現象ひとつひとつはお約束というかチープなものだが、「過去も未来も今現在も、すべてが否定されてしまう」というこの恐ろしさはなかなか味わえるものではない。

 クライマックスは、これまであまり物語に出てこなかった長女・正佐美がこの家を出ていくと宣言し、規子と勲の無理解をなじるシーン。おもに規子の視点で進む本作で正佐美の出番が少なかったのも当たり前で、そもそも規子の関心が正佐美に向いていなかったからだとわかる。数ページにわたる正佐美の独白は悲痛そのものであり、おろおろするばかりの規子もまた痛々しい。さらに正佐美から忍がゲイであることを初めて知らされ、忍の部屋で数々の証拠を見つけてしまった規子は、完全に精神崩壊してしまう。

 そして明らかになる、規子をおびやかしてきた‟顔”の正体。驚愕の結末、意地の悪いエピローグ…。「救いが無い」どころではない後味の悪さ。あちこちに時代を感じさせる描写が目立つものの、ここまでの無情さと無常さが味わえるホラーは希少である。

★★★★☆(4.5)

 

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