『逢魔宿り』
三津田信三/2023年/327ページ
雨の日には、読まないでください。
元編集者で現ホラー・ミステリ作家の「僕」のもとに、昔仕事をしたデザイナー・松尾から連絡が入った。「小説 野性時代」に連載している連作怪奇短篇について、話したいことがあるという。各短篇は、それぞれ他人から聞いた体験談を基に小説化したもので、松尾とは何も関係がないはず。訝りながら家を訪ねた「僕」に、松尾は三十年前の出来事を語りだした。それは、日課の散歩中にある四阿で出会った、怪異譚を語りたがる奇妙な一家の話であった。子供時代に山小屋で遭遇した怪異、障子に映った奇妙な影絵、宿直していた学校で起きた異変。彼らが怪異譚を語るたび、なぜか松尾の近隣で事件が多発し……。(「逢魔宿り」) ほか、「お籠りの家」「予告画」「某施設の夜警」「よびにくるもの」の4編を収録した、珠玉のホラー連作短編集。
(Amazon解説文より)
著者が他人から聞いた怪談を基に小説化した5つの短編。体裁としては実話怪談に近いが、実質は「読者をも巻き込み、現実を侵食する恐怖」を描いたメタホラーである。
「お籠りの家」-七夜を過ぎて七歳になるまでの間、七つの決まりを守って過ごすことになった少年の話。結界らしきものが張られた山奥の家に連れてこられ、共に暮らすのは見知らぬ老婆のみ。七つの決まりというのも「決して垣根を越えて外に出てはいけない」「訪ねてくる者とは絶対話をしてはならない」「絶対に本名を名乗ってはならない。お籠りの間は『とりつばさ』と名乗る」といった奇妙なものばかり…。よくある土着信仰モノではあるが、群を抜いたリアリティと緊張感がたまらない逸品。
「予告画」-とあるおとなしい生徒が描く絵の内容が、未来の事故・事件を予知していることに気づいてしまった教師の話。作中で触れられている『描画心理学双書7 原色 子どもの絵診断事典』という書物は実在するらしく、これも気になる内容である。ミステリ風の味付けがされているのはこの一編のみ。
「某施設の夜警」-新興宗教団体の施設で夜警をすることになった男。その巡回場所というのが地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人間界・天界・声聞界・縁覚界・菩薩界・仏界を模した「十界苑」なる施設。夜中、不気味なオブジェが立ち並ぶ仏界から地獄界までを、二時間ごとに巡回しなければならない…。シュールさすら漂う十界苑のビジュアル、儀式めいた巡回の不穏さが強烈な印象を残す。
「よびにくるもの」-田舎の旧家の蔵に棲む“何か”に魅入られた一家の話。これまた実話怪談だの洒落怖だのではよくある因習ホラーだが、雰囲気作りが抜群に巧い。
「逢魔宿り」-これまでに語られた4つの怪奇短編を読んだという、かつての仕事仲間・松尾が著者のもとへ連絡してきた。松尾が語るのは、雨宿り中の四阿(あずまや)で出会った風変りな一家から聞かされた4つの怪談。4つの短編と4つの怪談、奇妙な符合が示す恐るべき真実とは。
いずれの話も「知らず知らずのうちに、取り返しのつかない事態に陥っている」状況が非常に巧みに描かれており、読んでいて悶絶する。わかっていても逃れられない、足もとに絡みつくかのような恐怖。それは本書を最後まで読み終えた読者にも降りかかるのだ。
★★★★★(5.0)