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狂気と異常心理を奇想と共に描く。ポスト『ドグラ・マグラ』な10編-『人間腸詰』

『人間腸詰 夢野久作怪奇幻想傑作選』

夢野久作/2001年/413ページ

明治の末、渡米した大工のハル吉は、あるアメリカ人の屋敷に招かれる。秘密の錠前作りの依頼を断った彼が見せられた光景は、想像を絶する地獄だった…。夢と現実が妖しく交錯する幻想世界。夢野文学が描き出す、おぞましいばかりの狂気・怨念・異常心理の数数。表題作を含む全10編。

(「BOOK」データベースより)

 

 相変わらず取っつきにくい文体だが、その奇想の冴えは今なお色あせることがない。異常心理を扱った作品が多めで、個人的には『あやかしの鼓』収録作よりこちらのほうが好みである。かの怪作『ドグラ・マグラ』との共通点を示唆される作品も多く、同作に挑戦したい人はまずこの短編集からチャレンジしてみてはいかがだろうか。角川ホラー文庫ではない、普通の角川文庫にも『人間腸詰』という短編集があるが、表題作以外はまったく被っていないので注意されたし。

 

 「人間腸詰」はタイトル通りのモノがお出しされるグロ話ながら、江戸っ子べらんめぇ大工の独白形式なので陰惨さはなく、むしろユーモラスですらある。人間をそのまんまミンチにしたら髪の毛がジャマだろ、と思ってたら実際そうらしかったのでよかったです。
 「焦点を合わせる」は貨物船の船長が、手伝いをしている上海からの留学生・李を部屋に呼んで雑談を始めるのだが、話がだんだん剣呑な方向へ向かっていく。麻雀牌の密輸に始まり、船長が機関室のボイラーに厄介な乗客をブチ込んだ話、麻雀牌の中に宝石が隠されていた話。そして李が実は国際的なスパイであることを知っている話などなど…。果たして船長の正体と目的はなんなのか? 二転三転する終盤の怒涛の展開には圧倒されるばかり。というか初読ではなにがなんだかわからないレベル。映画『ワイルドシングス』を観た時と同じ気持ちになった。

 「空を飛ぶパラソル」は、主人公の新聞記者が遭遇した2つの事件を描く連作。1作目「空を飛ぶパラソル」-若い女が汽車に飛び込む瞬間を目撃してしまった主人公。周囲に脳漿や臓物が飛び散る凄惨な現場で、彼女の差していたパラソルがふわりと空を飛んだ――。こりゃ大スクープになるぞと死体のもとへ駆け寄って遺品を勝手に集め、彼女が妊娠していたことを突き止めた主人公はさっそく特ダネ記事を書く(ヒド過ぎる)。しかしこの事件の裏にはさらなる闇が…。2作目「濡れた鯉のぼり」-墓場に立てられた、濡れて色あせた鯉のぼりを見た主人公は「こりゃ幼い男の子の墓だろうな」と推察したが、どうも最近亡くなった若い女が埋められているらしかった。「ムムッ! スクープの予感!」とひらめいた彼は、女の名前から住所を調べ上げ、ボケかけた婆さんが一人住む家へと押し掛けるのだが…。2編とも主人公の行動力が悪い方面で発揮され過ぎているのが気になるが、事件そのものは解決してもまったくスッキリしないタイプの鬱ミステリ。ひたすらやるせない気分にさせられる快作。

 「眼を開く」は、山奥で隠遁生活を送っていたとある作家の悔恨。自分が原因で結果的に命を落とすことになった郵便局員に対し、その職務への忠実ぶりを村人と共に悼むのだが…。怪奇的な要素はほとんど無いのだが、ラストの少しばかりの奇跡と作家の胸中描写が非常に印象的な短編。

 「童貞」は音楽家志望の青年が主人公。才能が開花することもなく、異性を知ることもなく、身体を病み、行き倒れの浮浪者同然となった彼の前に現れた謎の女性。その正体は変装名人の犯罪者だったが、その出会いが彼の初恋となった…。とある童貞青年の皮肉な運命を描くミステリだが、どちらかと言うと死を迎え入れた青年が「自分という存在が消えたとしても、世の中にはこんなにも音楽が溢れている」と悟りにも似た感情を抱く場面のほうが心に残る。

 「一足お先に」は手術で足を切断し、入院している男の話。切ったはずの自分の足がひとりでに歩く妙な夢を見た彼は、自分は夢遊病の気があるのではないかと思い悩む。そんな中、入院していた大富豪の女性が殺害され、宝石も盗まれるという事件が…。ややトリッキーな構成のミステリで江戸川乱歩が書きそうな雰囲気だが、やたら陽気な同室の患者・青木と、これまた陽気な主人公の妹の存在が陰惨さをだいぶ軽減している。

 「狂人は笑う」はタイトル通り、精神病院に入院中の患者が語る妄想話2編。自分を愛する青ネクタイの男が、叔父を斬り殺した自分を世間から守るために院長に化けて入院させてくれたのだ…と語る女。中国人は幻の崑崙茶の中毒になっている…と主張する男が語る、奇妙で壮大な崑崙茶を巡る伝説。自らを狂人と自覚していない彼らは、いかにも楽しげに妄想を語り、笑うのだ。

 「キチガイ地獄」はいうほどキチガイではないし地獄でもない。キチガイは出てくるがこれくらいのキチガイは珍しくないので、タイトルのインパクト勝ちというか出オチである。内容自体は1人の男の妄執を描いたものでなかなか面白いのだが、終盤のどんでん返しが肝のミステリであり猟奇話ではない。

 「冗談に殺す」は自らを完全犯罪者とうそぶく主人公が、たった1枚の「鏡」をきっかけにすべてを瓦解させてしまう話。何もトリックが暴かれたわけではなく、崩れ去ったのは彼の自信そのものであった、という一種の異常心理がテーマであり、寒々しく悲痛なラスト一行が忘れがたい。人によっては、犬や猫を特に意味もなくなぶり殺す性癖を持つ主人公の恋人のほうがキツいかもしれない。

 「押絵の奇跡」は血を分けた兄妹でもないのに生き写しの顔を持つ2人の男女の話だが、なんとも冗長なうえに最後は月刊ムーみたいな信憑性の記事が出てくるので「しょうもないなあ」という感想が正直なところだが、自然の摂理すらをも捻じ曲げる男女の深く強く秘められた情愛、というテーマを描きたかったのだなというのはよくわかる。

 

★★★★(4.0)

 

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