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夢野久作入門と呼ぶにはハードルが高い気もするが、セレクト自体は納得のボリューミーな1冊-『あやかしの鼓』

『あやかしの鼓 夢野久作怪奇幻想傑作選』

夢野久作/1998年/416ページ

鼓作りの男が想い焦がれた女性へ、嫁ぐ時に贈った自作の鼓。その音色は尋常とは違い、皆を驚かせた。それは恐ろしく陰気な、けれども静かな美しい音であった…。夢と現実とが不思議に交錯する華麗妖美な世界。表題作をはじめ、その粋を集めた夢野文学の入門書ともいえる決定版の一冊。

(「BOOK」データベースより)

 

 個人的には少々読んでいると疲れる文体の夢野久作だが、本書は比較的わかりやすく、かつ面白い作品が集められていると思う。初心者も『ドグラ・マグラ』などに手を出して絶望するよりは、こういう短編集からまず読んでみて夢野耐性を付けてほしい。

 巻頭は「死後の恋」「瓶詰地獄」の2編で、夢野久作の怪奇小説と言えばまず外せぬ有名作品である。前者はロシアを舞台に語られる、贖罪を求める男と美貌の少年兵とのあまりに業の深い“恋”の物語。後者は瓶に詰められた3つの書簡から読み取れる、遭難した兄妹の苦悩の物語。どちらも超自然要素は無いものの、描かれている精神のグロテスクさと背徳感の強烈さが妖しい魅力を放つ傑作だ。

 しばらく独白文体の作品が続き、「悪魔祈禱書」は世にも恐ろしい悪魔を呼び出す本について語る古本屋の話。「支那米の袋」はアメリカ軍人に誘拐されかけたロシア人娘の独白。「難船小僧(S.O.S BOY)」は乗せた船は必ず沈むと言われる美少年をめぐる顛末で、船乗りたちのトンデモない荒々しさも含めてなかなか面白い海洋ホラー。続く「幽霊と推進機(スクリュウ)」も船にまつわる比較的ストレートな怪談である。

 「怪夢」は実際に作者が見た夢だろうか、6つのシュールな短編からなる。いずれも夢ならではのビジュアルイメージが強烈で、どこまでも透明なガラスでできた街で、追いかけてくる探偵からスケートで逃げ惑う「硝子世界」にはサイバーな感じすら漂う。「白菊」は網走刑務所から脱走した凶悪な殺人犯が、とある山中の屋敷で美しい少女に出会い、眠っている彼女をも手に掛けようとするが…というお話。よくこんなシチュエーションを思いつくものだと思うが、猟奇を描くのと同様に美しいものを描くのにも長けた作家であることを思い知らされる。「いなか、の、じけん」は文字通り、田舎で起きた様々な事件を描く20の短編。些細なものだったり殺人にまつわるものだったり、見事に解決したりオチが見当たらなかったりと本当に玉石混淆である。「木魂(すだま)」は愛する妻と息子を失い、山奥で呆けたように暮らす男の耳に届くメッセージの謎にまつわる話。夢野作品の中ではやや知名度が低い印象だが、非常に切なく美しい話で、もうちょっと知られてもよい気がする。表題作「あやかしの鼓」はわりとストレートな因縁と変態性欲の猟奇怪談で、これが夢野久作名義での初作品だとか。

 短編を内包した作品もあるためかなりのボリュームがあり、満足感のある1冊。電子書籍版は解説が省かれているらしいので、絶版ではあるが物理書籍版を探してみるのもよいだろう。

★★★★(4.0)

 

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