角川ホラー文庫全部読む

全部読めるといいですね。読んだ上で、おすすめしたい作品は全力で推します。

実話怪談の超変化球。恐怖とユーモアに満ちた怪談作家の日常を描く私小説-『怪談稼業 侵食』

『怪談稼業 侵食』

松村進吉/2018年/288ページ

―これは、まともな稼業ではない。徳島で建設業に従事しながら怪異体験談を採集し、誌面に発表してきた著者。「怪談稼業」ともいうべき生業を12年間続けるうち、いつしかいくつもの影が心を侵蝕していって…。谷間の集落に訪れる蝋燭を持った集団。住人がよく替わる家に出現した異形のもの。撮ろうとして撮れなかった映画。怖さの本質を見つめることで、怪異の恐ろしさがぞくりとにじみ出る9篇を収録。革新的怪談実話集!

(「BOOK」データベースより)

 

 実話怪談『<超>怖い話』シリーズ等で知られる著者の、怪談作家としての日々を描く私小説。主人公はむろん松村氏本人で、彼は建設業でユンボを駆るかたわら怪談取材を行い、妻と10匹ばかりの猫と暮らし、怪談作家なのに非常に怖がりで小心、〆切はあまり守れない冴えない人物として書かれている(この辺りのウィットとユーモアは北杜夫のエッセイを彷彿とさせる)。怪談作家は普段どのように取材しているのか? といった日常が描かれているのだが、その合間合間に「霊能者とはどう付き合うべきか」「自称・霊感少女にはどう接するべきか」「UFOだの異星人だのの話になってしまったらどうするべきか」「そもそも実話怪談作家は怪談を信じているのか」などなど、“怪談稼業”ならではの鋭い視点を見せてくれる。例えば「ある居酒屋での件」の回。やや苦手なタイプの霊能者と飲みに行くことになってしまった松村氏。以前、怪談に登場させた時の書き方が気に食わなかったのか…と身構えるも、当の霊能者自身はフレンドリーに接してくる。いったん警戒を解く松村氏だが、「あなたが怪談取材をした後、困っている人たちは困ったままなのか?」と言われて答えに窮する。霊能者氏は「私が松村さんとパートナーになれば、怪異や霊障に悩む人をサポートしてあげられるかもしれない」と売り込みを始める…。この視点はなかなか新鮮である。確かに実話怪談のオチには「○○さんとは現在、連絡がつかない」みたいなのも多いし。

 かなりの変化球でありながら、実話怪談ファン必読の傑作と言えよう。道路の真ん中にあるはずの無い電柱が立っている、というパンチに欠けた怪談が異様な展開を見せ始める「さまよえる電柱の件」、オカルト否定派だった若き日の松村氏が怪奇映画を撮ろうと奮闘するも、すさまじい怪異に遭遇する「撮れなかった映画の件」など、さすがに怖い話は本当に怖い。

★★★★☆(4.5)