『それぞれの夜 現代ホラー傑作選第1集』
遠藤周作(選)/1993年/283ページ
戦後の文学を築き上げた十人が織りなす、幻想と恐怖の宇宙。珠玉の十篇を収録。
収録作品
高橋克彦「遠い記憶」
三浦哲郎「楕円形の故郷」
黒井千次「音」
河野多恵子「雪」
澁澤龍彦「髑髏盃」
山川方夫「お守り」
三島由紀夫「怪物」
阿川弘之「浴室」
吉行淳之介「埋葬」
遠藤周作「その一言」
(裏表紙解説より)
なんとも格調高いというか、初期角川ホラー文庫でも滅多に見られないようなそうそうたる作家陣。通俗小説よりも純文学畑の作家が多い印象だが、さすがクオリティは高く、読ませる作品が揃っている。
個人的に掘り出し物だったのは黒井千次「音」。友人から人里離れた山小屋を借り、しばらく籠ることにした男。静かな環境で仕事がはかどるかと思いきや、時おり妙な音が気になるようになり…。最後まで何か起きそうで何も起きない、いやすでに何か起きてしまっているのか…? という不気味さがなんとも味わい深く、こうした品のいい怪奇小説にはなかなか出会えるものではない。ロバート・エイクマンのような、ゴシックとモダンの中間辺りに位置するホラーの雰囲気がある。オールタイムベスト級の短編である。
幼少時代を過ごした町に取材で訪れた作家が、封じ込めていた恐るべき記憶を徐々に取り戻してしまう「遠い記憶」。都会で孤独に生きる青年が盆栽に心の救いを見出すも、世間の波は厳しく彼を苛み…という遣る瀬無い一編「楕円形の故郷」。あまりにも複雑な家庭環境に育ち、“雪”に多大なトラウマを抱える女性がラストですべてを爆発させる壮絶さに慄く「雪」など、序盤に収録されている作品は特にハズレがない。団地生活に代表されるアイデンティティ画一化の社会病理をえぐる「お守り」、取り返しのつかない過去に心を呪縛される様の描き方がなんとも息苦しい「埋葬」も印象的であった。「最新」では決してないものの、単なるオバケ小説ではない「現代」のホラー傑作選であることに間違いは無いだろう。
★★★★☆(4.5)