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B級展開の端々からほとばしる凄み。異形への偏愛に満ちたパルプな短編集-『跫音』

『自選恐怖小説集 跫音』

山田風太郎/1995年/348ページ

推理・活劇・官能そして、恐怖……。現代エンターテインメント小説に多大な影響を与えた著者の自選恐怖小説集。運命共同体に身を委ねた人間の心理を描く『三十人の三時間』をはじめ、愛する男性の不可解な行動に秘められた驚愕の真実を綴った『呪恋の女』他、人間の深層に潜む怪奇への憧憬を見事に結実させた秀作10編。文庫未収録作品を中心に、単行本未収録作品をも収めたファン必読の一冊。

(Amazon紹介文より)

 

 文庫本未収録の作品を中心に収録された、作者自選の短編集。巻末の解説で菊地秀行が指摘しているような、いかにも忍法帖チックな「異形」や「畸形」が登場する話はやはりインパクトが強い。「双頭の人」はタイトル通りの話だが、オチのオーバーキルぶりがヒドい。続く「黒檜姉妹」も“分かれている箇所”が違うだけの同種の話で、巻末の「呪恋の女」はそのてんこ盛り、欲張りっぷりに呆れるほど。3篇ともオチは早々に割れるのだが、外見描写・心理描写がやたらとえげつない。

 異形テーマ以外の作品ではミステリ系が多め。ペストに感染したネズミが見つかり、住民の大部分が避難した無人の町。捜査のため訪れた2人の刑事は、この町が10年前に空襲で焼け落ちた町とそっくりであることに気づく…という「さようなら」は、とんでもなく強引な展開ではあるものの妙にラストシーンが美しい。「雪女」はエログロと怪奇をねじ込んだ、ちょっと捻りの入ったミステリで、雪女そのものは出てこない。「笑う道化師」はワライダケの後遺症で笑えなくなってしまった道化師の話。とあるきっかけで彼が狂笑する時、サーカスを悲劇が襲う…。「最後の晩餐」はこれまたオチがバレバレなものの、晩餐の様子がいかにも楽しげかつ旨そうでクライマックスへの盛り上がりはじゅうぶん。

 異形、ミステリ系以外の3作は、あえて共通点を見出せば「皮肉な運命」を描いた作品群である。「三十人の三時間」は、今まさに墜落しようとしている飛行機の乗員・乗客の最期の三時間を描写する無慈悲な一幕。「女死刑囚」は死刑当日の朝を迎えた女死刑囚の数奇な運命と、彼女を縛り続けていた「毒麦」の話。表題作「跫音」は、衝動的殺人を犯した男が捜査の進展ぶりに日夜おびえる話。決定的な証拠もあるしアリバイ工作は失敗するし、新聞にも自分らしき人間がほぼ犯人として書かれているにも関わらず、なぜか警察はいっこうにやって来ない…。

 どの作品も煽情的かつラジカルで、B級ではあるものの妙な凄みが端々から感じられる。山田風太郎入門としても悪くないセレクトではないか。

★★★★(4.0)

 

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